【本】子どもの脳を傷つける親たち
【概要】
発達障害の本を読んでいた時期に書店で手に取り購入。
著者は福井大学「子どものこころ発達研究センター」教授。ハーバード大学との共同研究で、虐待が子どもの脳を物理的に委縮させることを明らかにし、注目を浴びた。精力的に臨床にも取り組む。NHK「プロフェッショナル」は感涙の作品。
本書はマルトリートメント(不適切な養育)が子どもの脳を物理的に傷つけ、心の病を引き起こすことを科学的に解明。MRI(核磁気共鳴画像法)で撮影した脳の画像をVBM法という脳容積解析手法を用い分析。目に見えない“心”が脳の容積という物理的な変化をもたらすという衝撃的な内容。
【ポイント】
- マルトリートメントが子どもの脳を物理的に傷つけ、学習欲低下、非行、うつ病等の原因になることが科学的に解明された。
- 子どもの虐待についていくつかのデータ。
- マルトリートメントは、’60年代の米コロラド大ヘンリー・ケンプ教授による「虐待」の概念の医学的定義に始まり、’80年代に児童虐待をより生態学的な観点からとらえることによりチャイルド・マルトリートメントという表現で広く用いられるようになった。日本語では“不適切な養育”と訳され、虐待とほぼ同義だが、子どもに対する大人の不適切なかかわり全般を意味するより広範な概念とし、著者はこの言葉が日本で広く認知されることを願う。
- 不適切な行為の強弱、保護者の意図・意志によらず、”子どもが傷つく行為はすべてマルトリートメント”とされる。そのためどんな親でも経験があり、著者自身も過去に自分がしたマルトリートメントを反省する。
- 法的な線引きは国により異なる。アメリカでは州によるが、小学生以下を一人で留守番させることはネグレクトとして罰せられる。親子が一緒にお風呂に入るのも性的虐待である。
- マルトリートメントによる脳へのダメージ(MRIとVBM法による脳容積解析)
- 児童虐待は発展途上にある脳の機能や神経構造に“永続的な”ダメージを与える。
- 子ども時代にDVを目撃して育った場合→舌状回(単語認知に関係)の容積が平均6%小さい(身体DV目撃3%、言葉DV目撃20%)
- 4-15歳の間に厳格な体罰を経験した場合→前頭前野(感情・思考をコントロールし、行動抑制に係る)の容積が5-19.1%小さく、右前帯状回(集中力や意思決定、共感に係る)が16.9%小さい。これらは気分障害、素行障害に関係する。身体的マルトリートメントがもっとも大きく脳に影響するのは6-8歳ころに経験した場合との調査結果もある。
- 小児期に性的虐待を経験した場合→視覚野(紡錘状回)が18%小さい。ワーキングメモリ容量を減少させ記憶を脳内にとどめないようにしたためと推測。
- 18歳までに暴言を受けた場合→聴覚野が肥大化し、シナプスの刈込みが行われないままとなり、聞き取りや会話時に脳負担が高くなり、心因性難聴や情緒不安定につながる。
- 身体的マルトリートメントやネグレクトよりも、DV目撃、暴言を受けたほうが、トラウマ状態が深刻である。
- レジリエンス(困難な状況におかれても順応できる能力など)が高い子どもの特徴として、①個人特性(高い知能、自己肯定感、前向きな気質)、②家族特性(温かな家庭、連帯感、両親の積極性)、③充実した地域社会のネットワーク、を挙げる。
- 豊富な臨床に基づきケーススタディを示し、愛着障害の親子の問題をとりあげ、CARE(Child-Adult Relationship Enhancement)実践法を紹介。
- 推奨すること:①子どもの言葉を繰り返す、②子供の行動を言葉にする、③具体的にほめる
- 避けたいこと:①指示・命令(“こんなふうにやってみたら”という提案のような指示)、②不必要な質問(“何考えているの?”は子どもの思考を中断するし、“もう部屋に行くの?”は詰問となる)、③禁止否定表現(“すぐに泣くのはやめて”“言い訳してもだめ”“散らかさないで”)
- 愛情ホルモンといわれるオキシトシンは闘争心や恐怖心を抑え、穏やかに愛情に満ちた気持ちにさせるため、自閉症やPTSDなどにも有効に作用すると期待される。ヨーロッパでは経鼻剤が授乳促進薬として承認されている国もあるが日本では安全性・有効性の確証が得られておらず臨床試験中。スキンシップが分泌を促すので、“どんどん抱っこしましょう”。
【雑感】
- 心の痛みが脳容積を変化させるという研究成果は衝撃的。脳の部位別機能を解明する実験はよく聞くが、各機能に影響を与える要因を経験の側面から解明するという研究は新鮮。こうした研究成果は、臨床につながり、意識変革につながり、教育・カウンセリング手法や制度につながりうるインパクトの大きいもの。
- マルトリートメントは行為の強弱、傷つける意図の有無に関わらず、結果的に“子どもが傷つく行為すべて”という定義は常に心にとめておくべきことと感じた。
- 親は加害者であると同時に、支援を差しのべられるべき当事者。紹介されたCARE実践法は、すべての親が日々意識するとよい(すくなくともすべての教員には徹底してもらいたい)。ホルモンの研究が進む中、オキシトシン治療の将来に期待したい。
【もう1冊】
- 発達障害(岩波明,2017,文藝春秋)⇨発達障害に対する正しい理解のため、ASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠如多動性障害)を主対象に症状、原因、対処法等を一般向けに解説。医師が書く入門書。時代の常識として理解しておきたい。
- 言語の脳科学-脳はどのようにことばを生みだすか-(酒井邦嘉,2002(初版),中公新書)⇨“言語に規則があるのは、人間が作ったからではなく、自然法則に従っているため“という仮説を検証する。言語をサイエンスの対象と捉え、チョムスキーの言語生得説に対する誤解・批判を脳科学の立場から捉えなおす。
- 意識はいつ生まれるのか-脳の謎に挑む統合情報理論-(マルチェッロ・マッスィミーニ,ジュリオ・トノーニ,花本知子(訳),2015,亜紀書房)⇨“なぜ1.5kgの物体(脳)が見聞し、感じ取り、夢を見たり、苦しみを覚えたりする主体を宿せるのか”という問いに二人の医師が挑む。物語調で読み物としても面白い。φ理論は意識を解明できるか?