モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】なぜ世界は存在しないのか

書籍情報

【概要】

未読で放置していたものを先日読了。

著者(1980-)はボン大学の認識論/現代哲学講座の教授。ドイツで最年少の哲学正教授となり注目を浴びた。カンタン・メイヤスーとともに、新実在論の旗手。この数年、日本でもすっかり著名になった感あり。

本著はポストモダン以降の哲学的態度として、新実在論を提起。唯一真正な世界を想定し、その理論展開を目指す形而上学でも、事実それ自体は存在せず世界は各人それぞれが構築する構築主義でもない、新しい実在論を示す。それは果てしない意味の炸裂であるという。

 

【ポイント】

  • ポストモダン以降の時代を特徴づける哲学的立場として「新実在論」を提起。
  • きっかけは2011年に著者とイタリアの哲学者マウリツィオ・フェラーリスとの昼食時の議論とされるが、この背景には、多様な解釈の可能性ばかり強調し、真理や客観性の主張を避けた結果としての劇場型政治やマスコミ(構築主義の悪弊)への批判的認識があった(訳者あとがきより(括弧内はモグラの理解))。
  • 新しい実在論では、世界を「私たちなしでも存在するすべての事物・事実(形而上学的世界)」だけでなく、「私たちなしには存在しない(私たちが構築する)いっさいの事物・事実(構築主義的世界)」のすべてを包摂する領域としたうえで、そのような世界は“存在することがあり得ない”とする。
  • すべてを包摂する世界はなく、数多くの小世界だけが(まさしくそれだけが)存在し、そしてこれらそれぞれの小世界はほかのすべてと関連しているわけではない(レストランでの食事で例示すると、そこにあるのは客、ウェイターのほか、虫もバクテリアもいて、それぞれが小世界を作るが、すべてが互いに関係しているわけではなく(単に並存しているだけで)、その意味で一切を包摂する世界などは存在しえないとする)。
  • そのうえで、“意味の場(特定の対象がなんらかの特定の仕方で現象(現われ、出来事、存在)してくる領域)”こそが存在論の基本単位であり、存在するということは何かが意味の場に現れていること、とする(例えば数字の4という対象は、2+2という仕方でも、1+3という仕方でも現象し、現象の仕方が異なっているため、この二つは意味の場が異なることになる)。あるいは、何かが現象している意味の場(2+2)が存在する限り、そこに現象している当の何か(4)が存在している。そして、そこから、(すべてを包摂する)世界など存在せず、あるのは“無数の意味の場”だけとする。
  • このように捉えると、自然科学の領域に還元されうるものだけが存在するという自然主義は限定的である。また、科学的世界像は、仮説の検証による一般化を原則とするゆえに、人間による意味の理解(解釈)が現れてこないとして、批判的に位置づける。
  • 芸術の意味は、私たちを“意味に直面させる”ことにある。また、芸術は、私たちに対象(例えば絵画)に対して多様な態度(意味づけ)を促し、これにより対象は、それにより生み出された“意味の場”に置き移される。なお、意味に直面させられる経験の巨大な宝庫として旅行がある(旅とは、突然、異なった意味の場に置かれ、意味の場の意味を探究するようになる機会である)。
  • 意味の場の存在論は、人間による様々な見方・見え方を存在論的な事実として理解する。私たちは無限に多くの意味の場をともに生きながら、その都度、改めて当の意味の場を理解できるものにしていく。私たちは無限なものの中に道を切り拓いているが、私たちの認識はどれも断片にすぎない。すなわち存在するのは果てしない“意味の炸裂”である。
  • 人生の意味の問いへの答えは意味それ自体の中にある。私たちが認識したり変化させたりできる意味が尽きることなく存在しており、この尽きることない意味に取り組み続けるという意味で、人生の意味とは生きるということにほかならない。

 

【雑感】

  • 過去の哲学者の解説でもなく、切り貼りの人生論でもない哲学書。提起する新たな存在論の妥当性を、過去・現在の思想・論説を引用・批判しながら展開する。訳が素晴らしくわかりやすく、おかげで論旨は理解できたと思うが、批判的に読み解くには再読が必要。
  • “私たちが知覚したとおりの在り方しかしていないものなど存在せず、むしろ無限に数多くの在り方でしか、何ものも存在しない。これは、ずいぶんと励みになる考えではないでしょうか“に強く共感。”意味の場“は照らされ方による。どのように照らすかを学び合い、認め合い、創り合うことが、すなわち生きることといえる。哲学的論理の追求に留まらない、生きることの希望を感じさせる良著。中高生向けの入門書を期待したい。
  • 大陸合理論、イギリス経験論が対象とした主客の意識の分析、20世紀の言語の分析からくる構築主義ポストモダン)を経て、現在は、認知科学的アプローチによる心の分析(自然主義)、コミュニケーションの土台となるメディア・技術の革新への着目(メディオロジー)と本著で示された新実在論の3つの潮流があるらしいが、世界の記述の論理的妥当性を超え、新実在論に共感した。

 

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