モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】科学的な適職

書籍情報

【概要】

職のミスマッチ関連の書物を読む中で読了。

著者の鈴木祐氏( 1976-)は、サイエンスライター。”10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビュー“経験があるとのこと。

本著は、一般に世間でいわれる仕事選びの基準(好き、給料が多い、楽しい等)は科学的でないばかりか大罪であるとし、仕事の幸福度を決める基準、最悪の職場に共通する基準を研究論文を引用しつつ示したうえで、具体的な選択方法や現職のやりがいを高める方法を指南。

 

【ポイント】

  • 属人的経験に基づく非科学的なアドバイスや物事の一面にしか注目できなくなる視野狭窄により適切な職業選択は困難。転職でパフォーマンスや満足度が低下したケースの7割は視野狭窄による職業選択の失敗にあり、その要因として、下調べをしない、給与につられる、「逃げ」(現状からの回避目的のみ)で職を決める、過度過小の自信がある(人事関係者1000人調査:HBS)。
  • 以下のような思い込みにより職業選択は失敗する(7つの大罪
    • 好きを仕事にする:「熱意を持って仕事に取り組んでいる(6%)」、「やる気がない(70%)」という日本人の回答(139か国の企業調査:ギャラップ社)を見ると、好きを仕事にすれば満足できると思いがちだが、調査によると「仕事は続けるうちに好きになるものだ」と考える人のほうが「好きなことを仕事にするのが幸せだ」と考える人よりも、1-5年の長いスパンでみると幸福度・年収・キャリアなどのレベルが高い(ミシガン州立大学)。いまの仕事に対する情熱量は前週に注いだ努力の量に比例し、過去に注いできた努力の量が現時点での情熱量に比例(起業家アンケート:ロイファナ大学)のように、情熱を持てるかどうかは人生で注いだリソース量に比例する。
    • 給料の多さで選ぶ:給料と仕事満足度の相関関係は低い(r=0.15)(先行研究86件のメタ分析:フロリダ大学)。このほか、仲がよいパートナーとの結婚から得られる幸福度は収入増から得られる幸福より767%大きい、健康レベルが「普通」から「ちょっと体調がいい」に改善したときの幸福度上昇率は、収入増から得られるそれより6531%も大きいなど、収入増による幸福度上昇率は相対的に低い。年収と幸福度の弾力性は、800万円がピーク(ダニエル・カーネマン)、500-600万円付近から低減(内閣府)。収入増後の幸福度上昇カーブは1年間上昇するが、その後急降下し、3年程度で収入増前に戻っており(5万件の年収データ分析:バーゼル大学)、給料から得られる幸福度は短期的。
    • 業界や職種で選ぶ:3-5年後の経済、企業、政治に対する専門家の未来予想の的中率はほぼ50%であり、“チンパンジーのダーツ投げと同程度の正確性”(専門家の未来予測結果の成否分析:ペン大)。大半の人は現在の価値観や好みがもっとも優れていると思い込み、過去に起きたような変化が未来にも起きる可能性を認めない(歴史の終わりの幻想)が、実際は専門家も予測しえないほど環境は変化するので、特定の業種・職種から選んでも数年後に後悔している可能性が十分ある。
    • 仕事の楽さで選ぶ:組織内で地位のランクがもっとも低い人は、ランクが高くより重大な仕事を行う人に比べて死亡率が2倍高く(公務員3万人調査@イギリス)、仕事の負荷が低ければ精神的に楽なわけではない。適度なストレスは、仕事への満足度を高め、会社へのコミットメントを改善し、離職率を低下させる(ストレス研究レビュー:ランド研究所)。“ストレスを避けてはいけない。それは食べ物や愛を避けるようなもの”(ハンス・セリエ(ストレス学説生みの親))
    • 性格テストで選ぶ:エニアグラム、RIASEC、マイヤーズ・ブリックス(MBTI)などの性格理論ベースの適職診断が役に立つ保証はどこにもない。結果解釈が主観に委ねられるため。MBTIは1962開発以来活用されるが、テストを受けるたびに結果が異なるとの批判があり、効果は落胆すべき結果(111件の先行研究レビュー:ミシシッピ大)。適職を見抜く力があるとするデータもあるが、研究体制に支援者が含まれ疑問符がつく。ホランドの職業選択理論に基づくRIASECやその亜種であるVRT(職業レディネステスト)、VPI(職業興味検査)、CPS-J(適職診断テスト)、SDSキャリア自己診断テストはいずれも人間の性格を分類し、適職を推奨するが、予測力はゼロ(76件の先行研究分析:フロリダ州立大)。
    • 直感で選ぶ:直感より合理的(論理的)に選択する意思決定スタイルのほうが成果につながる(学生アンケート:ボーリング・グリーン州立大)。直感型は自身の選択を正当化するが、他人からの客観評価が低い。
    • 適性に合った仕事を求める:就職後のパフォーマンスを十分に見抜ける手法はなく、もっとも説明力があるワークサンプルテスト(職務に似たタスクの処理能力を評価)ですら能力の29%しか説明できない(数百件の先行研究分析:フランク・シュミット&ジョン・ハンター)。日本企業で用いられる普通の面接、インターンシップ、これまでの職業経験などはパフォーマンス指標としてほぼ使えない。
  • 以下が仕事の幸福度を決める(7つの徳目)。
    • 自由:数ある研究の中でも自由ほど仕事の幸せを左右する要素はない。喫煙習慣と会社の自由度と健康状態を調べた結果、タバコを吸わないが会社の自由度が低い人のほうがその逆の人より体を壊しやすい(公務員調査:ロンドン大)。幸福度にプラスに左右する要素は性別で異なり、男性は“進め方と作業ペース”の自由度、女性は“場所とタイミング”の自由度。労働時間や仕事裁量の自由度を確認するとよい。
    • 達成:“小さな達成”がモチベーション向上に寄与。人間のモチベーションがもっとも高まるのは、少しでも仕事が進んでいる時との調査結果(238名のビジネスパーソンのパフォーマンス変動記録:ハーバード大)。仕事のフィードバックの得られ方を確認するとよい。
    • 焦点:ほとんどの性格テストは役に立たないが、攻撃型(目標を達成して得られる利益に焦点をあて働く)と防御型(目標を責任の一種として捉え競争に負けないために働く)の焦点に着目したタイプ分けは仕事のパフォーマンスアップとの関係で効果が証明されている(コロンビア大)。それぞれ適した職業例は、攻撃型はコンサル、アーティスト、防御型は事務、弁護士。
    • 明確:信賞必罰が明確でない企業の社員は死亡率や精神病発症率が高い(228件の先行研究分析:スタンフォード大)。タスクの不明確さは、社員の慢性疲労や頭痛、消化器官の不調と大きな相関。“仕事で何を求められているのかわからない”“上からの指示が一貫しない”が悪影響要因(72件の先行研究分析:南フロリダ大)。会社のビジョンの明確性や人事評価の公平性をみるとよい。
    • 多様:日常の仕事で様々なスキル・能力を活かせたり、業務内容がバライエティに富んでいるほど幸福度は高まる。前者の仕事満足度との相関係数は45(高い)(約200件の先行研究分析:テキサス工科大)。PJの川上から川下まで関われるかを確認するとよい。
    • 仲間:職場に3人以上友人がいる人は人生満足度が96%、給料満足度が100%向上し、職場に最高の友人がいる場合は仕事のモチベーションが7倍になり作業スピードがあがる(米500万人調査)。逆の調査(嫌な上司や同僚による健康悪影響)多数。自分に似た人がどれくらいいるかをチェックするとよい。
    • 貢献:もっとも満足度が高い仕事とは“他人を気づかい新たな知見を伝え、他人の人生を守る要素があること”(5万人30年調査:シカゴ大)。他者への親切により、自尊心、親密感(孤独回避)、自律性を満たし、幸福感をもたらす。
  • これらの視点と最悪の職場に共通する要素(WLB崩壊、不安定雇用、長時間労働、シフトワーク、裁量権・サポートのなさ、組織内不公平の多さ、長時間通勤)を加味し、自身の価値観に基づき重みづけし、良し悪しを総合評価するとよい。
  • その際、思考の歪みを補正する方法として、10/10/10テスト(選択結果に対し10分後、10カ月後、10年後にどう感じるか想像してみる)、プレモータム(選択が最悪の失敗をもたらすと仮定しその原因を洗い出し未然に防ぐ)、イリイスト転職ノート(就職活動を3人称で記録し客観的に認知)、友人に聞く(かつ知り合ってから1-3年の相手に相談するのがもっとも正確)といった方法がある。
  • 現職を改善する方法として、いまの仕事を価値観に基づき再定義(ジョブクラフティング)することが有効。

 

【雑感】

  • 多数の研究成果を簡潔に引用してくれており参考になった。ここでいう適職の“職”とは、具体的な職業や職種というよりは、よりメタな要素が重要という点は同意。仕事と幸福の関係の先行研究をまとめた構成だが、仕事観、企業の人材マネジメント、労働市場の変容などを踏まえた、いわゆるキャリア論の骨格を頭に置きながら批判的に読む必要を感じた。
  • エビデンスベースの名のもと、キャリア以外の様々な分野でもこうした実証研究の紹介本ブームがあるように思うが、エビデンスベースの検討においては、(我田引水の引用ではなく)研究で設定される検証仮説を支える価値基準を批判的に捉え、そのうえで科学的な検証結果を解釈・議論することの重要性を再認識した。
  • 引用される研究はアメリカのものが多い。人々の仕事観や労働市場は国により異なる部分が相応ある。日本のキャリア研究、キャリア教育研究は脆弱な印象。不確実性を増す世界で個人のレジリエンスを支えるキャリアマネジメント力の重要性は増す。研究と実践の進展が望まれる分野。
  • キャリア形成を支援する機能はもはや社会インフラとして重要ではないか。ハローワーク等の失業対策インフラの強化はもちろん、平時恒常的なキャリア形成の動機付け・支援が重要性を増しているのではないか。
  • そもそも“働くとは人生においてどのような意味を持つか”について、健康寿命の延伸、終身雇用の縮小、労働人口の構成変化、機械による労働代替の可能性などを踏まえ、思想のムーブメントが必要と感じる。キャリア形成に美をたゆたわせることはできないものか(一色一生ならぬ一職一生)。

 

【もう1冊】

  • 21世紀のキャリア論(高橋俊介,2012,東洋経済新報社)⇨6,000人規模のアンケート、100人以上のインタビューをもとに分析・整理。著者のキャリア論は他の新書も含め納得感が高い。本書のサブタイトルは、“想定外変化と専門性細分化深化の時代のキャリア“。
  • キャリアカウンセリング宮城まり子,2002, 駿河台出版社)⇨キャリアカウンセリングの理論と方法、技法を体系的にわかりやすく整理した希少な書。有効な理論・技法として、①特性因子論的カウンセリング(クライアントの特性と職業・職務要件のマッチング)、②来談者中心的カウンセリング(受容、共感によりクライエント自身の気づきを重視)、③行動的カウンセリング(評価→原因分析→目標設定→行動計画→行動)を挙げる。
  • 教育の職業的意義-若者、学校、社会をつなぐ本田由紀,2009,ちくま新書)⇨戦後日本において教育の職業的意義が軽視され、学校で職業能力の形成機会が失われてきたとし、“柔軟な専門性”の原理を通じ、教育と社会の再接続を提案する。