【本】睡眠の科学 改訂新版 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか
【概要】
ブルーバックスのバックナンバーを眺めていて購入。
著者は、1998年に覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見した研究者。
2017年時点で確実と思われる知見で最先端の睡眠科学、睡眠と覚醒のメカニズムをわかりやすく説明。覚醒、レム睡眠、ノンレム睡眠の違いがしっかりわかる。日常の素朴な疑問に答える章もある。
【ポイント】
- 脳は睡眠中に洗浄される。脳では、血流に加え、脳脊髄液(細胞間隙を満たす液体)の流れが老廃物の処理を行うが、この処理のほとんどがノンレム睡眠中に行われる。アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβタンパク質は覚醒時に脳内に蓄積し、睡眠時に洗い流されて少なくなる。
- 動物を対象とした断眠実験によると、完全に睡眠をとらない状態が続くと、疲労状態からくる感染症やそれに伴う多臓器不全で死亡する。
- レム睡眠とノンレム睡眠は常態が全く異なる。人は眠るとまずノンレム睡眠に入り、ニューロンの活動が低下し同期して発火するようになる(スリープモード)。60-90分ほどすると脳は活動を高め、ニューロンの発火は固有になり(レム睡眠)、覚醒時と同等かそれ以上に強く活動するが、感覚系や運動系が遮断されているため身体は眠った状態にある(オフラインで活動の状態)。
- そもそも睡眠とは、①外部の刺激に対する反応性が低下した状態で容易に回復する(≠昏睡)、②感覚系で外部の刺激に対する反応性が低下し、運動系で目的をもった行動がなくなる、③睡眠時はその動物種特有の姿勢をとることが多い(渡り鳥は飛んだまま眠る→半球睡眠)。約75%がノンレム、25%がレム睡眠。
- いわゆる夢らしい夢はレム睡眠時に見ているとされる(浅いノンレム睡眠でも見る)。レム睡眠中は脳機能のメンテナンスのために脳が活動する必要があり、そのときに生じるノイズが夢。
- 睡眠中には記憶が保持されるだけでなく、強化される。研究は手続き記憶(運動や演奏や各種操作など技能的記憶)が多いが、エピソード記憶や意味記憶の強化に関わってると推測され、また記憶だけでなく認知力向上にも資する(学習中と同じ匂いをノンレム睡眠中に嗅がせると学習効率が向上するとする研究結果)。深いノンレム睡眠が記憶強化に重要な働きをするという考えが主流。ニューロンの同期的な発火がニューロン自体の維持や細胞間のつながり再構築に関連すると推測。
- 覚醒か睡眠かは、視床下部の視索前野の睡眠中枢にある睡眠ニューロン(GABA作動性ニューロン)と、覚醒を導き出す脳幹のモノアミン/コリン作動性システムが相互に抑制し合った結果により生じる(前者が後者を抑制すれば睡眠、後者が前者を抑制すれば覚醒)。ここに覚醒ニューロンを刺激するオレキシン作動性ニューロン(後述)を加えた三位一体でメカニズムは理解できる。
- 睡眠を誘発する物質の本命はアデノシン。神経伝達物質分泌時に放出されたアデノシン三リン酸が分解されてできる。アデノシンは覚醒時に濃度があがり、睡眠で減少する。
- 視床下部の摂食中枢に働く神経ペプチド(神経伝達物質として働く生理活性ペプチド)のオレキシンを発見。実験の過程で、オレキシン欠損マウスの睡眠覚醒パターンがナルコレプシー(睡眠障害疾患)と同様の症状を示すこと、オレキシンの欠乏がナルコレプシーを引き起こすこと、オレキシンが覚醒を司るモノアミン作動性ニューロンを後押し、安定化させることを発見。
- 通常は睡眠システムが有利な状況にあるが、オレキシンが覚醒制御システムを刺激し覚醒状態を発動・維持させている。偏桃体が感覚系からの入力(短期的には恐怖や喜びなどの情動、慢性的には不安)に基づき覚醒の必要性を判断するとオレキシン作動性ニューロンを刺激し興奮させ、覚醒レベルを維持する、というメカニズム。
- 空腹だと眠れないのは、血液中のグルコース濃度が低下するとオレキシン作動性ニューロンの発火頻度が増えるため。草食動物の睡眠時間が短いのは、十分な栄養を摂取するために長時間覚醒して食事にあてる必要があるため(と肉食獣に捕食される可能性を減らすため)。
- オレキシンの働きを抑制するオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント)が不眠症治療薬として日本で発売。それまでの治療薬の95%はGABAの働きを高めるもの。
- 眠る理由に対する著者の仮説:
- 日常生活に役立つ知識:
- 脳の温度が下がることで睡眠開始。なので直前に熱い風呂に入らないほうが良い。睡眠前に一時的に手足の温度があがるのは血管拡張により熱拡散しているため。
- 体内時計のある視交叉上核は毎朝光でリセットされるのでカーテンは少し開けておくとよい。
- カフェインで眠気を解消したいときはホットがよい。アイスは消火器粘膜の血管が冷たさで収縮し吸収が遅れるため(カフェインが眠気覚ましになるのは、睡眠物質アデノシンの拮抗薬として働くため)。
- 眠りにまつわる幾つかの箴言:
【雑感】
- 睡眠システムが有利な状態が常態で、そこにオレキシンの刺激で覚醒システムが作動(睡眠、覚醒のシーソーバランスをオレキシンが覚醒よりに動かす)というモデルはとてもわかりやすい。
- 睡眠の理由やメカニズムなどあまり考えたことがなかったが、多くの時間をあてる活動であり、日本人成人の2割が慢性不眠など実は身近な問題。睡眠を研究することは覚醒を研究することでもある。DNA解析、脳波解析、ブレインテックなどの進展で今後注目を浴びてくと予想。
- 明らかになれば人為が及ぼされるのが常。睡眠時間がフロンティアとして開拓されるのは望ましいことか否か。
【もう1冊】
- 分析心理学セミナー1925: ユング心理学のはじまり(C・G・ユング,河合俊雄監訳,2019,創元社)⇨フロイトとは異なる手法で夢分析を開拓したユング。1925年にチューリッヒで行った連続講義を記録。入門書の定番がない中で、生の講演録はユングの考えをかみくだいて理解できる貴重な資料。
- 目で見る脳の働き(ロバート・ウィンストン,町田敦夫訳,2011,さ・え・ら書房)⇨カリフラワーほどの大きさの脳にどうしてこんなにたくさんの能力がつまっているのか。眠りとの関係も軽く触れられる。大判カラーの子供向けだが、大人も十分楽しめる。
- ドグラマグラ(夢野久作,1976,角川文庫)⇨夢に関する小説はいろいろあれど、1冊選ぶとすればこれか。読んでいて読者自身に白昼夢を感じさせる世界観。
- オープン・ユア・アイズ(1997,スペイン)⇨夢に関する映画もいろいろあれど、1本選ぶとすればこれか、デビットリンチ作品。鑑賞後の切なさがいまも記憶に残る。