【本】難民と市民の間で -ハンナ・アレント『人間の条件』を読み直す(小玉重夫)
【概要・雑感】
- 著者は、教育哲学、アメリカ教育思想、戦後日本教育思想史の専門家。本著は、ハンナ・アレントの「人間の条件」を、前著「全体主義の起源」との関係を意識しながら、現代の公共性や教育問題にひきつけて読み解く。
- 社会と対置し、国民国家とも異なる、政治的世界としての“公共性”を示すアレントの思想は、新たな公共の模索下にある現代に注目すべきもの。アレントは、“公共性を担う市民とは誰か“について掘り下げる。それは専門家や官僚ではない、アマチュアであり、シチズンシップ教育はその素養の醸成に意義がある、というのが著者の考え。
- ホロコーストの重要な意味は、ユダヤ人のアイデンティティなり存在の歴史を記憶から抹消しようとしたこと。アレントはこれを“忘却の穴”と呼ぶ。著者は、“全体主義を克服するためには、その存在を人々の記憶にとどめておくことが可能なような、そういう公共的な記憶の空間が要請される”と捉える。空間の設定は閉鎖性を誘う。これと折り合いをつけながら、どう公共的な記憶の空間を形成するか。専門家の言論空間に陥らない、市民参加のアマチュアリズムをどう成立させるか。
- “社会から退きこもる自由”を積極的にとらえ、それによって同時に「市民として公共的場面で発言していくことの自由」を取り戻していく、そんな道筋を期待し、本著は終わる。
- 印象に残ったいくつか(アレントの著書より)
- “複数性が人間活動の条件であるというのは、私たちが人間であるという点ですべて同一でありながら、だれ一人として、過去に生きた他人、現に生きている他人、将来生きるであろう他人と、決して同一ではないからである”
- “自由であるということは、生活の必要(必然)あるいは他人の命令に従属しないということに加えて、自分を命令する立場におかないという、二つのことを意味した。それは、支配もしなければ支配もされないといことであった”
- “近代社会が、私的なものと公的なものの区別…を完全に捨て去れば捨て去るほど…子どもにとって事情は悪化する。子どもは、妨げられることなく成熟するために、安全な隠れ場所を本性上必要とするのである”
- “まさに、どの子どもにもある新しく革命的なもののために、教育は保守的でなければならない。教育はこの新しさを守り、それを一つの新しいものとして古い世界に導き入れねばならない”
【もう1冊】
- 人間の条件(ハンナ・アレント,志水速雄訳,1994,筑摩書房)⇨アレントの主著のひとつ。科学技術が世界をかえはじめた50年代、人間を存在せしめる条件の再考の必要から出発。言葉ひとつひとつの意味をほりさげた精読が必要。書棚ではお隣さんに「存在と時間」をおいてみた。
- ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者(矢野久美子,2014,中公新書)⇨アレントの生涯と思考を記す。“理解すること、考えること、その過程“を追求した人生がわかる。
- ハンナ・アーレント(マルガレーテ・フォン・トロッタ,2014,)⇨アレントの生きようを、アイヒマン裁判事件を中心に展開する。教壇でのラストがみどころ。以前はamazon primeでみれたのだが。