モグラ談

40代のリベラルアーツ

【美】さくら 美術館でお花見!(山種美術館:2020/8/25)

開催情報

【概要・雑感】

  • オリパラ開催に伴い企画された特別展だが、会期を変更して開催。日本人の美意識に深く結びついた桜に焦点をあて、近現代の日本画50点を展示。素晴らしい企画!音声ガイドは安井邦彦さん。
  • 春の訪れを感じさせる桜。四季の変化と生活に美をみつけられる日本のすばらしさを確認。作品ごとに異なる、花弁の色彩、幹枝の筆致、桜を囲む風景に感動。葉、苔、山々を彩る日本画の緑は、いつ観ても満たされる。
  • どの作品も素晴らしく、奥田元宋奥入瀬(春)や土田麦僊(ばくせん)の大原女の緑色、奥村土牛の淡さ、石田武の幻想の中の写実が印象深かったが、もっとも感動したのは小茂田青樹の「春庭」。幻想とやさしさに包まれる感じ。
  • “おぼろ月夜を背に、ほの白いしだれ桜の姿は、本当にすべてを、すべてを知る悲しく優しい美女そのものに会ったような深い感動があった”(作品「夜桜」について(加山又造))

 

【もう1冊】

 

【美】月岡芳年 血と妖艶(太田記念美術館:2020/8/25)

開催情報

【概要・雑感】

  • 幕末から明治前半に活躍した芳年。“血みどろ絵”、“残酷絵”で知られ、乱歩や三島などを惹きつけたとされるが、いやいや美人画もなかなか。本展覧では、「血」「妖艶」「闇」にわけて約150点展示。ひとつひとつの作品に丁寧な解説がつく。落ち着きのある素晴らしい美術館。
  • 瞬間を切りとる、空気をとらえる、情感の表現、にじみ出る艶。刃物がもつ残酷と官能。ポスターとしての浮世絵人気を考えると、相当話題になったのだろうな、と当時を想像。
  • 残酷絵はすさまじい臨場感。芳年はなぜここに美を見つけたのか。師の歌川国芳から斬新と奇想天外を引き継いだのか、生得か。
  • 主題に目が行きがちだが、技巧も素晴らしい。版画であることを忘れる。

 

【映】ドラえもん のび太の新恐竜(109シネマズ二子玉川:2020/08/24)

開催情報

【概要・雑感】

  • 世界に誇る究極の汎用型ロボット、ドラえもん。ハンカチ握りしめて娘と鑑賞。川村元気さん脚本、主題歌はミスチル。これまでにない迫力、今風の演出(ジブリ風の演出も垣間見られたがそのくらいではゆるがない)。ピー助のゲスト出演にも感涙。
  • 新登場の道具には、いまの技術で実用化できそうなものもあり。“ここどこバンダナ”は、フォルダブル有機ELパネル+GPSでいけそう、など。便利視点、モノ視点の “あったらいいな”の感動は逓減の時代かな。
  • エンドロールで仲良し4人が走り続ける。力強く、ひたすら走り続ける。無心のように、でも目に見ぬなにかを求めるように走り続ける。僕たちも走らないといけない!
  • 50年間ありがとう。君たちは出会いと別れのすばらしさを世界中に届け続けてくれてます。これからもよろしくね。

 

【もう1冊】

【本】人口減少時代のデザイン(広井良典)

書籍情報

【概要】

やはり少子化が社会課題の根源だ、ということで広井先生の近著を読了。

著者は、人口減少下での社会保障問題に警鐘を鳴らし続けてきた。

本著は、日本の人口減少の特色を踏まえ、持続可能性を高めるための社会保障、医療、都市政策、価値原理について提案する。

 

【ポイント】

  • 「2050年、日本は持続可能性か?」は以下の理由から“破局シナリオ”に至る蓋然性が高い。すなわち、①成功体験に由来する“経済成長が全てを解決してくれる”という思考様式が問題を先送りしたことによるGDPの2倍の債務残高、②若年層への社会保障の手薄さ→雇用・生活の不安定→未婚化・晩婚化→出生率低下→人口減少加速の悪循環、③崩壊した古い共同体に変わる共同体の不在による社会的孤立と、これによる社会保障制度の基盤となる共助精神の弱体化。
  • 2018-52までの35年間をAIでシミュレーションし、代表的シナリオグループに分類。結果、都市集中型シナリオ(都市への一極集中、地方衰退、出生率低下、格差拡大、健康寿命や幸福感低下が生じるが、政府支出の都市への集中により財政は持ち直す)と、その逆の効果の地方分散型シナリオに大別された。すなわち、日本の持続可能性においては、都市集中の象徴としての東京一極集中か地方分散かの対立軸が本質的。
  • 欧州(とくに著者が推すのはドイツ)は、日本と同様、人口減少社会であるが、地方都市にて成熟した豊かな生活。日本の地方都市の空洞化は人口減少社会自体が原因ではなく、政策選択や社会構想の問題。これは戦後に工業化を目指し、国を挙げて農村から都市への人口大移動を促進した影響がタイムラグを経て現在顕在化した結果。すなわち、皮肉だが国の政策の“成功の帰結”。一方、若い世代のローカル志向など、近年の現象はむしろ希望がもてるものが多い。
  • 急激な人口増加の時代は、“集団で一本の道を登る時代”。人口減少社会は、この強力で一元的なベクトルから人々が解放され、自由な創造性を発揮していける時代。あるいは、人口増加時代は成長を前提とした“時間軸”の時代、人口減少社会は各地域が持つ固有性や多様性への関心が高まるという“空間軸”の時代。
  • 日本の高齢化率の高さは長寿ではなく少子化が大きな要因。実は日本では結婚したカップルの子供の数はあまり減ってない。原因は未婚化・晩婚化。また、少子化は女性の社会進出が原因とされるが、これは正しくない。OECD加盟国では、女性の就業率が高い国のほうが概してと合計特殊出生率も高い。
  • 2000年代以降、若い世代の雇用が大幅に不安定化し、これが未婚化・晩婚化、少子化につながる。極論すると、保育所整備より、結婚前の若い世代への支援が人口減少社会のデザインにとって重要。
  • コミュニティとして、古くはムラ社会、戦後は「カイシャ」と「(核)家族」という都市の中のムラ社会があったが現在維持が困難に。一方、各地の地域コミュニティ再生の動き、社会貢献志向の若い世代や企業の活動など、新たなつながりを志向する、希望を持てる動きがある。
  • 今後首都圏で高齢者が急増することは、年金マネーが首都圏に集中すること。これまで高齢化は地方圏で進んできたので、期せずして年金制度により地方への所得移転が実現。この“社会保障の空間的な再配分”が今後逆転する。この是正のためにも高齢者のU・Iターン促進が重要。
  • 東京圏への人口流入が話題になるが、札幌、仙台、広島、福岡といった地方都市の人口増加率はかなり大きく、現在進みつつあるのは一極集中というよりむしろ“少極集中”。現在、一層の少極集中に向かうか、多極集中に向かうかの分岐点にあるが、後者を目指すべき(なお、一極集中の対極として提示された“多極分散”も人口増加の発想。人口減少時代に多極分散は低密度すぎて拡散的な地域を招く)。
  • ところで17世紀の資本主義勃興以降、生産や消費構造のコンセプトは、物質→エネルギー→情報→生命/時間、と変遷してきた。科学の変遷もこれに呼応する。現在は、生命/時間(生活)が基本コンセプトとなる時代の入り口。そこでは、AI、幸福、持続可能性、分散型社会、ローカライゼーションが関わる。
  • 資本主義とは、市場経済を要素に、“限りない拡大・成長志向”が加わったもの。そして、この拡大・成長志向は、私利の追求を肯定する。現在、この拡大・成長が、地球資源の有限性や精神的充足の面で限界に到達。これに呼応するように、人間の協調行動、利他性、関係性の研究が盛んに(社会脳、社会疫学社会関係資本、利他的行動に関する進化生物学、行動経済学、幸福研究等)。これらは、こうした方向への変容が人間の存在維持に必要となっている現状の証左。
  • これからの社会保障では、人生前半型とストック型が重要。前者は、高等教育と就学前教育費の負担軽減(欧州並みに)、若者への公的住宅支援強化、地域おこし協力隊を1万人規模に(地方移住の若者支援強化)。後者は、ストック(貯蓄、住宅、土地等)の格差是正に向けた再分配や課税の見直し。
  • 今後実現していくべき社会を支える理念は、自然信仰(スピリチュアリティ)+普遍宗教・思想に“地球倫理”を加えたものが基軸になるのではないか。地球倫理とは、普遍宗教・思想をメタレベルで捉え、これらが発生した背景・構造を理解し俯瞰的に把握することと、自然や生命の内発的な力を再発見するような自然観・世界観、がポイント。

 

【雑感】

  • 人口減少時代における持続可能社会の在り方を追求し続けてきた著者の現在の到達点が俯瞰できる良書。“少子高齢は過去の産物で驚くに当たらず、むしろ若者の地方への関心こそチャンス“”地方都市の空洞化は人口減少自体ではなく社会構想が原因“との現状認識に同意。人口減少社会は、“集団で一本の道を登る時代から解放され、創造性を発揮できる社会”という希望ある認識に共感。
  • 資本主義は、私利の追求を肯定できる成長・拡大を前提とするが、その前提が崩れ、限界がきているとの指摘は一部知識人の間では共通認識となってきている印象。一方、世界全体でみれば人口は増加。とすると、資本主義を引き続き追求することによる富の偏在の拡大と、協調的・利他的なシステムの発生と凌駕、のシナリオが想定されるが、圧倒的な力を持つ前者の前に、後者が立ち向かうためにはなにが必要か。希望ある萌芽も、拡散のインフラもある。臨界点の指標はなにか。今回のパンデミックが引き金になるなら、人類史上の大イベントと後世に記録されるだろう。
  • 地球倫理のくだりは(著者が自認しているとおり)今後に期待したいが、メタに歴史を認識する、という点で、昨今叫ばれる教養というものの本質と相当重なる印象を受けた。

 

【もう1冊】

【本】AIには何ができないか(メレディス・ブルサード著,北村京子訳)

書籍情報

【概要】

日経の書評を見て購入・積読していたものを読了。

著者は、ベル研やMITメディアラボでソフトウェア開発経験を持つデータジャーナリスト。

本著は、テック文化の明るい未来に疑問を持ち始めた著者が、テクノロジーにできることの限界を理解するためのガイドブックとして示し、“技術至上主義”に警鐘を鳴らす。コンピューターを正しく知ることではじめてテクノロジーに高い品質を求めることができる、という基本的だが実は意識が薄くなってることに気づかせる啓蒙の一冊。

 

【ポイント】

  • コンピューターでできることは突き詰めれば数学であり、よって根本的に限界があるが、技術至上主義の信奉者は、以下の信仰を有す。すなわち、アイン・ランド的な能力主義社会、テクノ自由至上主義的な政治的価値観、ネット上のハラスメントも問題視しない言論の自由の過度な称賛、コンピューターは人間より客観的で偏見がないとする考え方、コンピューターの浸透で社会問題はなくなりユートピアがつくられるという揺るぎない信仰。
  • 当然だが、あらゆるデータと、それを集めるシステムは人によって作られる。“データは社会的に構築”される。人はデータがあるのだからそれは間違いない、と思い込む傾向があるが、その考えは捨て去るべき。そしてすべてのデータは“汚れている”ので、関数を円滑に実行するため、ときとして不誠実なノイズ除去が行われる。
  • 汎用型AI(ハリウッド版AI)は1990年代に見切りが付けられているもの、特化型AIは現実に存在するもの。特化型AIは強化された統計学である。
  • 報道に技術を用いることを提案する人たちの多くは“データジャーナリスト”と自称する。消費者物価データの可視化、患者に性的虐待を行った医師のデータの収集・分析、警察車両のスピード違反分析など。アルゴリズム(あるいは計算プロセス)の適切さを報道する分野もある(例:裁判の量刑判断に使用されるアルゴリズムにおける、アフリカ系アメリカ人に不利になるバイアスの報道等)。自由報道の役割はこれまで政策決定者に説明責任を果たさせたが、アルゴリズムの説明責任報道はこの責任を計算の世界に適用するもの。デジタルジャーナリズムは、プロバブリカとガーディアン紙が先頭を走ってきた。
  • 世に広まっているデジタル技術に関わる発想は、大勢の作り手や思想家により形成されたのではなく、1950年代以降、ごく少数のエリート集団が偏った想像、誤解釈をしながら形成したもの。そしてその集団は、“男性からなる小さなエリート集団で、自らの数学的能力を過大評価する傾向があり、何世紀にもわたり女性や有色人種よりも機械を優先し続けてきており、SFを現実化しようと思いがちで、社会的慣習にあまり関心を払わず、・・・極右リバタリアン無政府資本主義のイデオロギー的なレトリックを好んで口にする”。
  • ポピュラーなものと、良いものは必ずしも一致しないが(ポピュラーだがよくないものの例:ラーメン・バーガー、人種差別)、機械にできるのはアルゴリズムで指定される基準に用いてポピュラーなものを識別するだけ。ポピュラーなものについてそのクオリティを自律的に判別することはできない。ポピュラーがよいという考え方はネット検索のDNAそのものに深く染みついているもの。そして、ネットの基本的価値観は、物事はランク付けできるという概念(現代社会は“測ること”に憑りつかれている)。
  • 技術崇拝をやめ、アルゴリズムを精査し、不平等に目を光らせ、システムや産業内のバイアスを減らす必要がある。そのための新しい動きがでてきている(NY大学の「AIナウ研究所」、シンクタンク「データ&ソサイエティ」、機械学習の公正と透明性に関わる複数のコミュニティ、「人工知能と倫理とガバナンスのための基金」等)。
  • その他備忘:
    • コンピューターサイエンス業界ではスターウォーズが物語テキストの元祖、モンティ・パイソンがコメディテキストの元祖。プログラミング言語pythonは、モンティ・パイソンにちなんだもの。
    • トム・M・ミッチェル カーネギーメロン大教授による機械学習の定義:“特定のタスクT、性能尺度P、ある種の経験Eについて機械が学習すると呼ぶのは、そのシステムが、経験Eののちに、タスクTにおいてパフォーマンスPを確実に向上させる場合。T,P,Eをどのように規定するかに応じて、この学習タスクは、データマイニング、自律的発見、データベース更新、例示プログラミングなどの名称で呼ばれる“

【雑感】

  • 邦題サブタイトル「データジャーナリストが現場で考える」とあるようにエッセイ調でまとめられている(学術成果等を踏まえてAIにできないことを体系的、分析的に整理したものではない)。コンピューターやプログラミングの基本原理の説明から入る本書は、AIは突然現れた魔法の杖ではなく、過去からつながる技術の延長にあることや、人為によるものである限り、意図するせざるに関わらず作り手のバイアスを内包していることを再認識させる。翻訳も明快で読みやすいが、中身に照らしてちょっと長い印象。
  • 科学技術による世界は少数の数学エリートにより構想されてきたという指摘は新鮮かつ納得感あり。その前提を無反省に受け入れるのではなく、技術と人間・社会の在り方を問い直す意義は当然あるし、まだ間に合う。
  • データジャーナリズムにおけるアルゴリズム説明責任報道はとても大切な社会的使命。日本でどれだけ進んでいるのだろうか。専門職育成は喫緊の課題か。
  • 未知のものには過剰な期待と不安が生じるのは常。機械でなにができるか、できないかの理解は大切。こうした書籍も有効だし、少なくとも機械学習の基本的なアルゴリズムの“考え方”(数式を組めなくてもOK)を学べば、相当クリアになるはず。

【もう1冊】

【美】珠玉のコレクション-いのちの輝き・つくる喜び(SOMPO美術館:2020/8/14)

開催情報

【概要・雑感】

  • 1976年開館の旧東郷青児 損保ジャパン日本興亜美術館がSOMPO美術館として開始。開館記念展ということで訪問。3フロアにわかれたこぶりな美術館。新宿西口でてすぐ。気軽に訪れたい。
  • ゴッホゴーギャンルノワールセザンヌユトリロ東山魁夷平山郁夫など著名な画家の作品が各1,2点。東郷青児やグランマ・モーゼズの作品をしっかり展示。ルノワールの「浴女」は修復版。新進作家に開かれたコンクール“FACE展”の入賞作品もあり。
  • 岸田夏子さん(岸田劉生氏のお孫さん)の桜の2作品、「桜花」と「桜華」。満開の桜、桃色の美、迫力ある構図、動きのある花房と背景とのコントラストが幻想的。全面修復された山口華楊さんのしなやかにあふれる緑が惹きつける「葉桜」も美しい。
  • 東郷青児氏の作品は初見。淡さとなめらかさが漂う人物と背景とのコントラストが特徴的。シュールの香り少々。

 

【もう1冊】

 

【本】大分断 教育がもたらす新たな階級社会化(エマニュエル・トッド)

書籍情報

【概要】

サブタイトルが気になり読了。さらりと読めるよ、PHP新書

著者のエマニュエル・トッド氏(1951-)はフランスの歴史家、文化人類学者、人口学者。家族制度、人口研究から政治・社会を分析し、ソ連崩壊、アラブの春トランプ大統領当選、英国EU離脱などを予測した。これらの予測はアナール学派(民衆の生活文化や社会の集合記憶に着目し、学際的に研究)の研究アプローチによるところが大きいとする。

本著は、高等教育の修了者が社会の一定割合に達し、この集団が大衆エリートとして閉鎖的な特権集団化し、これが格差の固定化を招いており、高等教育が階級社会化をもたらしているとする。

 

【ポイント】

  • 民主主義は本来、マジョリティの下層部が力をあわせて上層部の特権階級から社会の改善を手にしようとするもの。その意味で、民主主義はいま機能不全に陥っており、その不全レベルは教育格差により決まる。

  • 高等教育の発展が格差をもたらした。戦後の教育の発展は民主主義の前進と捉えられ、上層階級の門戸が下層階級に対して開かれたとみなされたが、社会全体で高等教育を受けられるわけではないことを見落としていた。全体の30-40%の大衆エリートが受けられるようになった時点(米では1965年頃から)で、この集団は“似た者同士だけで生きていける集団”規模に達したため、自分たちの殻に閉じ、高等教育の発展はとまり、これにより高等教育は格差の再生産装置となった。

  • 一方で、これは、これまで上層階級に吸収されていた優れた人材を大衆層が取り戻したという側面もある。この流れは、フランスにおいては革命につながる可能性があり、著者は「黄色いベスト運動」にそれをみる。

  • 社会には支配階級が存在するが、それ自体は問題ではない。現代社会の問題は、単純に不平等が顕著になってるからだけではなく、支配階級が目的を失っていること。一般的には世界に開かれたメンタリティを持つと考えられる知識人階級も、どんどん内向的になり集団レベルでは完全に愚かになっている。

  • 高等教育の発展や不平等拡大で、個人しかいない社会になり集団の道徳的枠組みは崩壊。これにより個人は卑小な存在になっているが気づいていない。

  • 社会的分断と家族制度は関係している。仏・米・英は核家族個人主義、よって自由と平等が普遍的価値観。独・日は直系家族構造で、両親の代がその下を監視するという“権威の原理”と、子供がみな平等に相続するわけではないという“不平等”が基本的な価値観。露は中国と同様、権威主義と平等主義。独・日本型は、民主主義的な手続きはあるが、権威主義ヒエラルキーに基づく階層の存在(不平等の原則)を受け入れる基盤がある。このタイプの民主主義が教育格差の広がりに抵抗できるタイプかもしれない。ただし、直系家族構造は、現状維持の傾向があり、無気力な社会になる(自分と全く同じものを作り出そうとする)点にある。

  • 日本にも高等教育を受けたエリートが存在するが、他国と異なるのは、人々が身分の序列を認め、下層部に対する蔑視や上層部に対する憎しみがない点。

  • 日本は貿易・通貨政策面ではうまく対処しているが、人口管理面では危機的状況。長期間、低出生率が続く中、移民に触れることなく、大国としての経済バランスを維持し存続できると考える指導層は認知面で問題あり。日本は少子化への対処より、グローバル化への対処を優先した。日本におけるグローバル化の圧力は、日本を分断したのではなく縮小させた。社会の最優先事項は生産ではなく出産。あるレベルから社会的な格差よりも人口の収縮が深刻な問題となる。日本は人口問題をなんとかするしかない。完璧な社会を求めてこれを犠牲にしてはいけない。男女間での無秩序、家庭内での無秩序、移民受け入れによる無秩序が日本に必要と謹言したい。

  • ところで、「人々が口にすることと全く反対の内容が、しばしば真実である」という考え方に基づく“絶対値による会話分析法”を推奨したい。これは、ある発言について、そこに含まれる価値判断部分を除外し、残った部分こそが発話者の関心の所在と捉える方法(例:“女性は大嫌いだ”という発言から、まず“大嫌いだ”を除外し、“女性”という単語に着目し、この人物は“女性”というものに憑りつかれていると捉える。そのうえで、本音は女性が気がかりである、と捉えなおしてみる)。この方法で仏政府がコロナ危機時に語り続けた“民主的な規則を遵守すること”とした強迫観念からみえてくるのは、実は民主主義を解体したいという統治者の内なる願望である。

  • その他備忘:
    • ポスト・コロナは、「何も変わらないが、物事は加速し、悪化する」と見る。アメリカのBlack lives matterは一例。
    • いまの欧州の最大の脅威はEUという理想そのものが終わっていること。完全に崩壊すると欧州のエリート層はおどろくほど情緒不安定に陥る。
    • 国により大きな可変性を含むが、人類史上初めて先進国の教育において女性の高等教育受講者が男性を超える時代を迎えるが、どのように解釈してよいのかまだわからない。
    • モノと資本の自由な流通というグローバリゼーションは保護主義で終焉するかもしれないが、ネットで世界中とコミュニケーションがとれ、英語が世界共通語化し、国境を越えた人の移動が強化されるといった“世界化”は終わらない。
    • 保護主義は、労働者、移民、一般の人々にとっても有利な選択という意味で本質的に民主的。保護主義=閉ざされた世界=差別主義、という聞き飽きた構図は裕福か思想的怠惰な人々の思想戦争の武器に過ぎない。

 

【雑感】

  • 日本について詳しくない、と著者が随所で断りを入れているように、格差の生産装置としての高等教育の程度や意味は日仏で状況は異なるだろうが、 “必ずしも優秀ではないが高等教育を受けた3,4割の集団エリートが同質的、閉鎖的な集団を形成し、格差を再生産”という認識に納得感。支配階級が目的を失っている、という点も同感。
  • 社会的分断と家族構造は関係しており、日本は“権威の原理”と“不平等”を受け入れる素地があり、この価値観に基づく民主主義が、格差に耐性を持つかもしれないという視点は新鮮。
  • 日本の課題は人口減少と繰り返し強調されて気づくが、国内ではあまりに繰り返し問題視され続けてきたゆえに、危機感が麻痺し、思考停止に陥っているのかもしれない。
  • インタビューに基づくよみやすい一冊だが、それゆえに編集のゆるさや、根拠の弱さも目に付く。そのあたりは識別して読みたい。

 

【もう1冊】

  • 新世界秩序 -21世紀の“帝国の攻防”と“世界統治”ジャック・アタリ,山本規雄訳,2018,作品社)⇨トッド氏が酷評するオランド、マクロン。彼らに影響を与えたとされる欧州の代表的知識人が歴史を踏まえ未来を予測(原書発刊は2011年)。新秩序の形成に必要なものは、その必要性に対する認識であり、その認識は様々な分野におけるカタストロフィを通じ、我々が相互に深くつながりあっていることを思い知らされることから始まるとする。
  • 未来を読む -AIと格差は世界を滅ぼすか(大野和基インタビュー・編,2018,PHP新書)⇨世界の知識人へのインタビューをまとめた新書。ジャレド・ダイヤモンド、ユヴァル・ノア・ハラリ、リンダ・グラットン、ダニエル・コーエンなど。この数年の未来予測ブームで、シナリオはほぼできった感あり。
  • 21世紀の資本(トマ・ピケティ,山形浩生他訳,2014,みすず書房)⇨長期的には資本収益率が経済成長率を上回ることから、富の資本家への偏在が生じ続けることを指摘し、世界的なベストセラーに。発刊から7年、時の流れは速い。
  • 日本の偉人寺子屋モデル編,2012,致知出版社)⇨現在の大衆エリート層は目的を失っていることのようだが、歴史上のエリートの志はいかに。上下巻で計100人の偉人の生い立ち、業績を紹介。