モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】大分断 教育がもたらす新たな階級社会化(エマニュエル・トッド)

書籍情報

【概要】

サブタイトルが気になり読了。さらりと読めるよ、PHP新書

著者のエマニュエル・トッド氏(1951-)はフランスの歴史家、文化人類学者、人口学者。家族制度、人口研究から政治・社会を分析し、ソ連崩壊、アラブの春トランプ大統領当選、英国EU離脱などを予測した。これらの予測はアナール学派(民衆の生活文化や社会の集合記憶に着目し、学際的に研究)の研究アプローチによるところが大きいとする。

本著は、高等教育の修了者が社会の一定割合に達し、この集団が大衆エリートとして閉鎖的な特権集団化し、これが格差の固定化を招いており、高等教育が階級社会化をもたらしているとする。

 

【ポイント】

  • 民主主義は本来、マジョリティの下層部が力をあわせて上層部の特権階級から社会の改善を手にしようとするもの。その意味で、民主主義はいま機能不全に陥っており、その不全レベルは教育格差により決まる。

  • 高等教育の発展が格差をもたらした。戦後の教育の発展は民主主義の前進と捉えられ、上層階級の門戸が下層階級に対して開かれたとみなされたが、社会全体で高等教育を受けられるわけではないことを見落としていた。全体の30-40%の大衆エリートが受けられるようになった時点(米では1965年頃から)で、この集団は“似た者同士だけで生きていける集団”規模に達したため、自分たちの殻に閉じ、高等教育の発展はとまり、これにより高等教育は格差の再生産装置となった。

  • 一方で、これは、これまで上層階級に吸収されていた優れた人材を大衆層が取り戻したという側面もある。この流れは、フランスにおいては革命につながる可能性があり、著者は「黄色いベスト運動」にそれをみる。

  • 社会には支配階級が存在するが、それ自体は問題ではない。現代社会の問題は、単純に不平等が顕著になってるからだけではなく、支配階級が目的を失っていること。一般的には世界に開かれたメンタリティを持つと考えられる知識人階級も、どんどん内向的になり集団レベルでは完全に愚かになっている。

  • 高等教育の発展や不平等拡大で、個人しかいない社会になり集団の道徳的枠組みは崩壊。これにより個人は卑小な存在になっているが気づいていない。

  • 社会的分断と家族制度は関係している。仏・米・英は核家族個人主義、よって自由と平等が普遍的価値観。独・日は直系家族構造で、両親の代がその下を監視するという“権威の原理”と、子供がみな平等に相続するわけではないという“不平等”が基本的な価値観。露は中国と同様、権威主義と平等主義。独・日本型は、民主主義的な手続きはあるが、権威主義ヒエラルキーに基づく階層の存在(不平等の原則)を受け入れる基盤がある。このタイプの民主主義が教育格差の広がりに抵抗できるタイプかもしれない。ただし、直系家族構造は、現状維持の傾向があり、無気力な社会になる(自分と全く同じものを作り出そうとする)点にある。

  • 日本にも高等教育を受けたエリートが存在するが、他国と異なるのは、人々が身分の序列を認め、下層部に対する蔑視や上層部に対する憎しみがない点。

  • 日本は貿易・通貨政策面ではうまく対処しているが、人口管理面では危機的状況。長期間、低出生率が続く中、移民に触れることなく、大国としての経済バランスを維持し存続できると考える指導層は認知面で問題あり。日本は少子化への対処より、グローバル化への対処を優先した。日本におけるグローバル化の圧力は、日本を分断したのではなく縮小させた。社会の最優先事項は生産ではなく出産。あるレベルから社会的な格差よりも人口の収縮が深刻な問題となる。日本は人口問題をなんとかするしかない。完璧な社会を求めてこれを犠牲にしてはいけない。男女間での無秩序、家庭内での無秩序、移民受け入れによる無秩序が日本に必要と謹言したい。

  • ところで、「人々が口にすることと全く反対の内容が、しばしば真実である」という考え方に基づく“絶対値による会話分析法”を推奨したい。これは、ある発言について、そこに含まれる価値判断部分を除外し、残った部分こそが発話者の関心の所在と捉える方法(例:“女性は大嫌いだ”という発言から、まず“大嫌いだ”を除外し、“女性”という単語に着目し、この人物は“女性”というものに憑りつかれていると捉える。そのうえで、本音は女性が気がかりである、と捉えなおしてみる)。この方法で仏政府がコロナ危機時に語り続けた“民主的な規則を遵守すること”とした強迫観念からみえてくるのは、実は民主主義を解体したいという統治者の内なる願望である。

  • その他備忘:
    • ポスト・コロナは、「何も変わらないが、物事は加速し、悪化する」と見る。アメリカのBlack lives matterは一例。
    • いまの欧州の最大の脅威はEUという理想そのものが終わっていること。完全に崩壊すると欧州のエリート層はおどろくほど情緒不安定に陥る。
    • 国により大きな可変性を含むが、人類史上初めて先進国の教育において女性の高等教育受講者が男性を超える時代を迎えるが、どのように解釈してよいのかまだわからない。
    • モノと資本の自由な流通というグローバリゼーションは保護主義で終焉するかもしれないが、ネットで世界中とコミュニケーションがとれ、英語が世界共通語化し、国境を越えた人の移動が強化されるといった“世界化”は終わらない。
    • 保護主義は、労働者、移民、一般の人々にとっても有利な選択という意味で本質的に民主的。保護主義=閉ざされた世界=差別主義、という聞き飽きた構図は裕福か思想的怠惰な人々の思想戦争の武器に過ぎない。

 

【雑感】

  • 日本について詳しくない、と著者が随所で断りを入れているように、格差の生産装置としての高等教育の程度や意味は日仏で状況は異なるだろうが、 “必ずしも優秀ではないが高等教育を受けた3,4割の集団エリートが同質的、閉鎖的な集団を形成し、格差を再生産”という認識に納得感。支配階級が目的を失っている、という点も同感。
  • 社会的分断と家族構造は関係しており、日本は“権威の原理”と“不平等”を受け入れる素地があり、この価値観に基づく民主主義が、格差に耐性を持つかもしれないという視点は新鮮。
  • 日本の課題は人口減少と繰り返し強調されて気づくが、国内ではあまりに繰り返し問題視され続けてきたゆえに、危機感が麻痺し、思考停止に陥っているのかもしれない。
  • インタビューに基づくよみやすい一冊だが、それゆえに編集のゆるさや、根拠の弱さも目に付く。そのあたりは識別して読みたい。

 

【もう1冊】

  • 新世界秩序 -21世紀の“帝国の攻防”と“世界統治”ジャック・アタリ,山本規雄訳,2018,作品社)⇨トッド氏が酷評するオランド、マクロン。彼らに影響を与えたとされる欧州の代表的知識人が歴史を踏まえ未来を予測(原書発刊は2011年)。新秩序の形成に必要なものは、その必要性に対する認識であり、その認識は様々な分野におけるカタストロフィを通じ、我々が相互に深くつながりあっていることを思い知らされることから始まるとする。
  • 未来を読む -AIと格差は世界を滅ぼすか(大野和基インタビュー・編,2018,PHP新書)⇨世界の知識人へのインタビューをまとめた新書。ジャレド・ダイヤモンド、ユヴァル・ノア・ハラリ、リンダ・グラットン、ダニエル・コーエンなど。この数年の未来予測ブームで、シナリオはほぼできった感あり。
  • 21世紀の資本(トマ・ピケティ,山形浩生他訳,2014,みすず書房)⇨長期的には資本収益率が経済成長率を上回ることから、富の資本家への偏在が生じ続けることを指摘し、世界的なベストセラーに。発刊から7年、時の流れは速い。
  • 日本の偉人寺子屋モデル編,2012,致知出版社)⇨現在の大衆エリート層は目的を失っていることのようだが、歴史上のエリートの志はいかに。上下巻で計100人の偉人の生い立ち、業績を紹介。