モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】人口減少時代のデザイン(広井良典)

書籍情報

【概要】

やはり少子化が社会課題の根源だ、ということで広井先生の近著を読了。

著者は、人口減少下での社会保障問題に警鐘を鳴らし続けてきた。

本著は、日本の人口減少の特色を踏まえ、持続可能性を高めるための社会保障、医療、都市政策、価値原理について提案する。

 

【ポイント】

  • 「2050年、日本は持続可能性か?」は以下の理由から“破局シナリオ”に至る蓋然性が高い。すなわち、①成功体験に由来する“経済成長が全てを解決してくれる”という思考様式が問題を先送りしたことによるGDPの2倍の債務残高、②若年層への社会保障の手薄さ→雇用・生活の不安定→未婚化・晩婚化→出生率低下→人口減少加速の悪循環、③崩壊した古い共同体に変わる共同体の不在による社会的孤立と、これによる社会保障制度の基盤となる共助精神の弱体化。
  • 2018-52までの35年間をAIでシミュレーションし、代表的シナリオグループに分類。結果、都市集中型シナリオ(都市への一極集中、地方衰退、出生率低下、格差拡大、健康寿命や幸福感低下が生じるが、政府支出の都市への集中により財政は持ち直す)と、その逆の効果の地方分散型シナリオに大別された。すなわち、日本の持続可能性においては、都市集中の象徴としての東京一極集中か地方分散かの対立軸が本質的。
  • 欧州(とくに著者が推すのはドイツ)は、日本と同様、人口減少社会であるが、地方都市にて成熟した豊かな生活。日本の地方都市の空洞化は人口減少社会自体が原因ではなく、政策選択や社会構想の問題。これは戦後に工業化を目指し、国を挙げて農村から都市への人口大移動を促進した影響がタイムラグを経て現在顕在化した結果。すなわち、皮肉だが国の政策の“成功の帰結”。一方、若い世代のローカル志向など、近年の現象はむしろ希望がもてるものが多い。
  • 急激な人口増加の時代は、“集団で一本の道を登る時代”。人口減少社会は、この強力で一元的なベクトルから人々が解放され、自由な創造性を発揮していける時代。あるいは、人口増加時代は成長を前提とした“時間軸”の時代、人口減少社会は各地域が持つ固有性や多様性への関心が高まるという“空間軸”の時代。
  • 日本の高齢化率の高さは長寿ではなく少子化が大きな要因。実は日本では結婚したカップルの子供の数はあまり減ってない。原因は未婚化・晩婚化。また、少子化は女性の社会進出が原因とされるが、これは正しくない。OECD加盟国では、女性の就業率が高い国のほうが概してと合計特殊出生率も高い。
  • 2000年代以降、若い世代の雇用が大幅に不安定化し、これが未婚化・晩婚化、少子化につながる。極論すると、保育所整備より、結婚前の若い世代への支援が人口減少社会のデザインにとって重要。
  • コミュニティとして、古くはムラ社会、戦後は「カイシャ」と「(核)家族」という都市の中のムラ社会があったが現在維持が困難に。一方、各地の地域コミュニティ再生の動き、社会貢献志向の若い世代や企業の活動など、新たなつながりを志向する、希望を持てる動きがある。
  • 今後首都圏で高齢者が急増することは、年金マネーが首都圏に集中すること。これまで高齢化は地方圏で進んできたので、期せずして年金制度により地方への所得移転が実現。この“社会保障の空間的な再配分”が今後逆転する。この是正のためにも高齢者のU・Iターン促進が重要。
  • 東京圏への人口流入が話題になるが、札幌、仙台、広島、福岡といった地方都市の人口増加率はかなり大きく、現在進みつつあるのは一極集中というよりむしろ“少極集中”。現在、一層の少極集中に向かうか、多極集中に向かうかの分岐点にあるが、後者を目指すべき(なお、一極集中の対極として提示された“多極分散”も人口増加の発想。人口減少時代に多極分散は低密度すぎて拡散的な地域を招く)。
  • ところで17世紀の資本主義勃興以降、生産や消費構造のコンセプトは、物質→エネルギー→情報→生命/時間、と変遷してきた。科学の変遷もこれに呼応する。現在は、生命/時間(生活)が基本コンセプトとなる時代の入り口。そこでは、AI、幸福、持続可能性、分散型社会、ローカライゼーションが関わる。
  • 資本主義とは、市場経済を要素に、“限りない拡大・成長志向”が加わったもの。そして、この拡大・成長志向は、私利の追求を肯定する。現在、この拡大・成長が、地球資源の有限性や精神的充足の面で限界に到達。これに呼応するように、人間の協調行動、利他性、関係性の研究が盛んに(社会脳、社会疫学社会関係資本、利他的行動に関する進化生物学、行動経済学、幸福研究等)。これらは、こうした方向への変容が人間の存在維持に必要となっている現状の証左。
  • これからの社会保障では、人生前半型とストック型が重要。前者は、高等教育と就学前教育費の負担軽減(欧州並みに)、若者への公的住宅支援強化、地域おこし協力隊を1万人規模に(地方移住の若者支援強化)。後者は、ストック(貯蓄、住宅、土地等)の格差是正に向けた再分配や課税の見直し。
  • 今後実現していくべき社会を支える理念は、自然信仰(スピリチュアリティ)+普遍宗教・思想に“地球倫理”を加えたものが基軸になるのではないか。地球倫理とは、普遍宗教・思想をメタレベルで捉え、これらが発生した背景・構造を理解し俯瞰的に把握することと、自然や生命の内発的な力を再発見するような自然観・世界観、がポイント。

 

【雑感】

  • 人口減少時代における持続可能社会の在り方を追求し続けてきた著者の現在の到達点が俯瞰できる良書。“少子高齢は過去の産物で驚くに当たらず、むしろ若者の地方への関心こそチャンス“”地方都市の空洞化は人口減少自体ではなく社会構想が原因“との現状認識に同意。人口減少社会は、“集団で一本の道を登る時代から解放され、創造性を発揮できる社会”という希望ある認識に共感。
  • 資本主義は、私利の追求を肯定できる成長・拡大を前提とするが、その前提が崩れ、限界がきているとの指摘は一部知識人の間では共通認識となってきている印象。一方、世界全体でみれば人口は増加。とすると、資本主義を引き続き追求することによる富の偏在の拡大と、協調的・利他的なシステムの発生と凌駕、のシナリオが想定されるが、圧倒的な力を持つ前者の前に、後者が立ち向かうためにはなにが必要か。希望ある萌芽も、拡散のインフラもある。臨界点の指標はなにか。今回のパンデミックが引き金になるなら、人類史上の大イベントと後世に記録されるだろう。
  • 地球倫理のくだりは(著者が自認しているとおり)今後に期待したいが、メタに歴史を認識する、という点で、昨今叫ばれる教養というものの本質と相当重なる印象を受けた。

 

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