モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】月と六ペンス(サマセット・モーム、金原瑞人訳)

  • 積読から旅のおともに。モームの代表作(1919)。新潮文庫Star Classics 名作新訳コレクション。軽快で平易な新訳がよい。装丁もグッド。
  • モーム(1874-1965)は、パリで生まれ、10歳で孤児となり、イギリスにわたり従軍、本作で作家として注目される。平易な文体、軽妙な会話のきりかえし、(諜報部員の経験からか)鋭い人間描写。
  • 一見、平凡で、決して社交的とはいえない仲買人のストリックランド。大柄、赤毛、長い指。40歳のある日、突然、別れを告げる手紙が妻に届く。“わたしは家にいない。おまえとは別れて暮らすことにした。・・もう家にはもどらない。わたしの心は変わらない。”連れ戻すよう依頼を受けた小説家の“私”が語り手となり、ストリックランドの生涯が描かれる。
  • なにか劇的な展開や謎解きがあるわけでも、壮大な叙事が描かれるでもないが、読みふけってしまう。粗野で無粋という点以外とらえどころがない主人公、常識的だが“笑わせてくれる相手を憎み切れない”語り手の私、いいやつすぎる“私”の友人ストルーヴェなど、愛すべき人物が惹きつける。
  • 小説家論がちょこちょこ。“作者の喜びは、書くという行為そのものにあり、書くことで心の重荷をおろすことにある”。“作家は架空の人物を細かく描きながら、それ以外では表現しようのない自分に命を与えてもいるのだ。作家の満足とは解放感なのだ。”など。春樹の“文化的雪かき”を想起。
  • 芸術家としての壮絶な最期。芥川の“地獄変”を想起させる狂気と迫真。
  • 主人公のストリックランドはゴーギャンをヒントに描かれたとされるが、訳者あとがきにあるように、“ストリックランドとゴーギャンに共通するものは少ない。・・この作品、ゴーギャンモームも忘れて読んでほしい。”はそのとおりだと思う。
  • 読み終えて、自分の中にストリックランドへの憧憬と愛情が生まれていることに気づく。

“食事もしよう。きみは、おれに一食分の借りがある。”

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