【美】-意識のながれ-岩田壮平日本画展 ほか(成川美術館)
- 恒例の箱根美術館めぐり。まず成川から。企画展の岩田壮平は華道に原点をもつ日本画家。 “大胆、繊細、高揚感”“内面の表出よりむしろ企てられた形と色の解釈”“絵の具そのものがもつ感情を組み立てる喜び”と、同氏の紹介文にあった表現にひとしきり納得。
- おしべのマチエールや鮮烈な朱に惹きつけられる。ぼたんが伝える儚さ、退廃と生命力の輝き。
- 別室の“日本画の煌めき”では、おなじみの魁夷、高山辰雄、平山郁夫、加山又造など。同じく別室の堀文子の“野の花にひかれて”では、自然を求めて世界を旅した彼女がひかれた草木を展示。いさぎよさ、気品、慈愛のまなざしに満ちる。
- 齋正機の“只見線とそれぞれの鉄道物語”は、豪雨被害で不通となっていた只見線の復旧を記念した企画。素朴な筆致、淡い色彩が、自然に生きる人々や、自然と生きる日々の美しさを改めて感じさせる。ぼかされた輪郭線が自然と人工物と人間の境界を溶かし、お互いを溶け込ませる。
【美】ルーブル美術館展 愛を描く(国立新美術館)
- 神話画、風俗画、宗教画など、様々な主題で表現されてきた「愛」。ルーブルのコレクションから、16~19世紀半ばまでの73点を通して浮き彫りにする。テーマオリエンテッドな趣向の展覧会。サブタイトルは、”ルーブルには愛がある”。音声ガイドは、満島ひかりさんと森川智之さん。
- まずブーシェの“アモルの標的”。たしかに“愛”はロココの中心イメージ。大人びた表情のアモル。ぷくぷくしてかわいらしい。標的のマトには複数の矢がささる。一回では容易に成就されない愛を表現。
- アリ・シェフェールの“ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊”。神曲の一場面。霊界の妖気・妖艶に惹きつけられる。
- フラゴナールの“かんぬき”。本展覧会の目玉のひとつ。本物の迫力。卓上のリンゴは愛の象徴。さまざまなオブジェクトが愛のメタファーとして登場。
- ヘブライの信仰やイエスが生み出した“愛”という観念。以降、世界をある意味支配してきた。神は自己の似姿として人間を創造した。なぜなら、神は愛そのものであり、愛は他者を求めるものであり、求める対象として人間が必要だったから。そのため、似姿である人間はかけがえのない存在。無常からくる、かけがえなさ、とは異なる世界。こうした観念の薄い自分には理解の及ばない世界があると想像。
- 久しぶりに妻と二人で。中国飯店でランチし、ソルソパークでカラテアを買って帰宅。アモルとニンフを浴び続けた一日。
【映】運び屋(クリント・イーストウッド)
- クリント・イーストウッド作品。90歳手前でメガホンをとり主演。脚本は「グラン・トリノ」のニック・シェンク。共演にブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシアなどの大物。実の娘のアリソンも劇中で娘役の出演。2018年、116分、米
- 家族と折り合いがあわず、孤独に暮らす90歳の老人アール。ふとしたことから麻薬カルテルの「運び屋」を引き受けることに。カルテルを追い込む麻薬捜査が本格化し・・・。
- クリント・イーストウッドはまさに巨匠。誰もが遭遇しうる厳しくつらい現実を背景に、しみじみと希望を聴衆の胸に刻み付ける。マイナーを多用するが幸福感を生むメンデルスゾーンの協奏曲のような。
- Edgeで“クリント”まで打ったら、クリントンよりイーストウッドが上に表示された。監督作、出演作、いずれも名作が多い。映画界にひとつの世界を創った、では表現がたりない気がするほどの足跡。
- 90歳のアールは朝鮮戦争の退役軍人。達観し、動じない。ジョークに満ちる。ハイデガーの本来的時間を想起。その中にも自分の人生をしみじみと内省する。
- クリント・イーストウッドは1930年生まれ。本作で見納めかな、などと思ったら、翌年(19)「リチャード・ジュエル」をだしていた。
【映】ベルファスト(ケネス・ブラナー)
- 「ハリポタ」「ダンケルク」出演のケネス・ブラナー監督作品。「ヘンリー5世」「オリエント急行殺人事件」などで監督兼主演の才能。本作でアカデミー脚本賞。「007」M役のジュディ・デンチ助演。2021年、98分、英。
- 北アイルランド紛争で波乱に見舞われたベルファストを舞台に、そこに暮らす家族や少年の成長を、鮮明なモノクロで描く。
- なじみの薄い北アイルランド紛争。カトリックとプロテスタントの争いはつい50年前までこうした形で熾烈に行われていた。誰もが顔見しりの下町コミュニティが分断し、火炎瓶にまみれる。同じ人種、国民、コミュニティの隣人が暴力で分断される。この傷は容易には癒えない。
- 少年役のジュード・ヒルがかわいらしい。アイルランド訛りだろうか、イントネーションもかわいらしさを助長。
- 分断前の人々の生活を豊かに描く。ユートピアのように演出する。多くのものも、絶対的なものもいらないことを感じる。
【映】ダンケルク(クリストファー・ノーラン)
- ドイツ侵攻を受け、仏ダンケルクから英兵の大規模脱出を描く。「ダークナイト」「TENET」のノーラン作品。2017年、106分、米。
- セリフよりも銃声、銃声よりも静寂が作品全体を支配する。独特な空気。緊迫感を生む。
- 浜辺に追い詰められた兵士。逃げ場がない。受け身の恐怖がこれでもかと伝わってくる。
- 少数の航空部隊が掩護する。1940年代の旧式の戦闘機での空中戦。奥行のある立体的な映像にリアリティが高まる。
- 英本土から民間の船舶が救出に向かう。船長の気概。
- 海岸に追い詰められた兵士、空襲するドイツ軍、英本土から救出に向かう民間船。このシンプルな設定でこれだけの迫力、この設定だからこそつくれた緊迫感。
【映】バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ)
- 「バベル」「21グラム」のイニャリトゥ作品。アカデミー作品賞、監督賞ほか(’15)。マイケル・キートン主演。エドワード・ノートン、ナオミ・ワッツ、「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーンなどが脇を固める。2014年、120分、米。
- ヒーロー映画「バードマン」でかつて一世を風靡したリーガン。復活をかけブロードウェイ舞台に演出・脚本・主演で挑む。様々な問題、自信の喪失・迷いに直面しながら舞台初日を迎えるが・・・。
- ドラムのインスト、脳裏に響く“バードマン”の悪意、映像は連続させ時間を変位させる表現、舞台と楽屋と屋外のシームレス感など、新しい演出がスタイルを創る。このスタイルが本作のオリジナリティと感じる。
- 復活しキャリアを飾る、エゴにとらわれた主人公。生命の歴史における人類やエゴの小ささを娘に気づかされる。
- 演者は演者の、批評家は批評家の言い分がある。「バビロン」同様、ここにもショービズ界への批判と内省がみられる。技術を磨きリスクをとって表現すること、それができていない現状への指摘。
- 後半に進み、終幕の展開に不安を感じさせる。ただならぬ終末になるのではないかと思う一方、想定内のエンディングになってほしくないと感じながら観る。
- 「かつての成功者のエゴと葛藤と再生」というストーリーはよそにおく。新たな様式美に本作の魅力。
【映】リリーのすべて(トム・フーパー)
- 「英国王のスピーチ」でアカデミー賞を受賞したトム・フーパー監督と、「博士と彼女のセオリー」でアカデミー賞の主演男優賞を手にしたエディ・レッドメインが、「レ・ミゼラブル」に続いてタッグを組み、世界で初めて性別適合手術を受けたリリー・エルベの実話を描いた伝記ドラマ(映画.com)。2015年、120分、英。
- 俳優が全員素晴らしい。名門パブリックスクール出のような気品を備えたエディ・レッドメイン。妻のゲルダの依頼でドレスをまとったことで女性が芽生えていく。堰をきったように自分の中で女性がひろがっていく。戸惑いと喜びの表情。妻のゲルダ役はアリシア・ビカンダー。本作でアカデミー助演女優賞受賞。動揺と混乱、拒否と献身を演じる。
- リリーとゲルダ。生まれ持った性別は異なるが、むしろリリーのほうが強い女性性を感じさせるような対比の描写。一方で、ゲルダが最期に見せる圧倒的な母性。
- 美しい映像、静謐の中に波乱がある。俳優の魅力も惹きだされる。素晴らしい作品。