モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】幸福な監視国家・中国

書籍情報

【概要】

研修の課題図書として年末読了。

梶谷懐(1970-、神戸大学大学院教授)と高口康太(1976-、ジャーナリスト)の共著。ルポと学術的考察が組み合わされている。

本著は前半で、“監視社会”中国の現状を、必ずしもマスコミの報道において明らかにされていない、監視社会を受容する社会の状況や国民の心情にも着目しとりあげる。そのうえで、「公」と「私」の関係、「公共性」と「合理性」の関係を考察し、目的自体の妥当性を吟味・判断する“メタ合理性ベース”のシステムの機能化が重要とする。国家による監視という話題のテーマについて、そのリアルな状況を知れるだけでなく、そこから公共性の在り方について考えさせられる良書。

 

【ポイント】

  • 全体的に、経済成長率の高い新興国ではテクノロジーの肯定感が高いものの、中国のテクノロジーへの信頼性、楽観性は群を抜いている。これが、監視テクノロジーが利便性や治安を高めるという肯定的評価に関係していると推測。
  • 本書は、冷戦期社会主義国の監視社会イメージで語る報道は正しい理解に基づいていないと主張。監視社会が受容された背景に、利便性・安全性とプライバシーのトレードオフにおいて、前者を優先させる功利主義的姿勢があったと仮説をたて、中国の監視社会問題の考察では、利便性・安全性を優先至らしめる市民社会的基盤や公共性、統治のあり方など、より広い視点から行うことが必要とする。
  • 中国IT企業がデータを握るに至った主要サービス:
    • リテラシーの低い人でも利用できる「ヒト軸」のEC(嗜好と消費を把握):動画配信とネットショッピングを一体化させた“ライブコマース”、同じ商品を多くの人が買えば減額される“共同購入”、一定の居住地区に配置された仲介人がネットショッピングを斡旋する“社区EC”
    • すべてが済ませられ、手放せないモバイル決済(嗜好と消費を把握):アリペイ(アリババグループ)、ウィーチャットペイ(テンセント)のシェア合計92%
    • ギグエコノミー(零工経済)(労働を把握):もともと大きかった格差をむしろ縮小できる機会として機能。ギグエコノミー的労働者がそもそも多数のため親和性があり普及
  • お行儀をよくする監視社会(社会信用体系/体制)の取組例:
    • 金融分野:「芝麻信用」ではクレジットヒストリーのない多数の国民を評価できるよう、ネットショッピング、モバイル決済、ネット上の人間関係、保有資産、学歴などからAIによりスコアが算出され、融資以外にも活用される。スコア変動がブラックボックスのため“自発的服従(おとなしく従ってたほうが身のため)”を誘発
    • 懲戒分野:違法行為、迷惑行為等によるブラックリストが一元管理化。対象は全企業、個人で、それぞれに振られたコードで検索可能。“失信被執行人リスト”に載ると、多数の“緩やかな処罰”がなされる(ホテルには泊まれるが、一つ星以上は禁止等)
    • 道徳分野:自治体による道徳スコア提供。ある事例では、基準点1,000点、よい行いで加点、悪い行いで減点。ランクが下がると、暖房や交通費補助金申請ができなくなり、高ランクだと融資が受けやすくなり、金利も下がる。評価項目を通じて市民を誘導する狙い(道路で穀物を干したらマイナス5点、墓参りで爆竹マイナス20点、派手すぎる結婚式マイナス10点)。ただし、現時点では認知度、実績は極めて低い状況。
  • 政府や大企業による情報管理社会の将来像について、監視の主体の多様化や、万人の万人による監視(ハイパー・パノプティコン)による(結果的)平等性の確保が安定性を生むといった議論を紹介した上で、監視社会化の進行は止めようがないという認識のもと、政府や大企業による監視の在り方を市民がどのようにチェックするかが重要と論を進める。
  • そこでは市民社会的基盤と公共性の関係が影響する。著者は、“社会にある規則性を市民が自発的に明らかにし、これを権力が規範として再定位する西洋社会”と異なり、“法秩序はあくまで「個別的案件の持ち寄り」であり、公共性も公平有徳な大人という属人的存在に依拠する中国”では“治者と被治者の一体性”は成立しえない、という論理を紹介する。
  • “監視を通じた社会秩序の実現”を肯定する考え方として功利主義がある。功利主義は、①帰結主義(ある行為の良し悪しは結果の良し悪しのみで決定)、②幸福(厚生)主義(道徳的善悪は個人の主観的幸福によってのみ決定)、③集計主義(社会全体の良し悪しは個々人の幸福の総量で決定)、の3点が原則。中国の監視社会は、この功利主義に基づくパターナリズムによるものと捉えられる。
  • 合理性に関する既存研究を引用・踏襲し、合理性と公共性の構造図を提示。この構造図では、①ヒューリスティックベースの生活世界(昔ながらの“人間臭い”やり方の世界)、②メタ合理性ベースのシステム(目的自体の妥当性を批判的に吟味する仕組み)、③道具的合理性ベースのシステム(予め定められた目的達成のための合理性の追求)、の3つを要素にあげ、①と②のインタラクションが議会やNGOなどにより市民的公共性を成立させてきたが、昨今、(②を飛ばした)①と③を直接結ぶアルゴリズム的公共性(例:AIによるビックデータ分析結果を功利主義的発想に基づき秩序化)が存在感を増しているとする。そのうえで、“アルゴリズム的公共性に支えられた道具的合理性ベースのシステムを、市民的公共性に支えられたメタ合理性ベースのシステムによってなんとか制御し、その副作用を防いでいく可能性“を示唆し、その一例として欧州のGDPRを挙げる。

 

【雑感】

  • テクノロジーによる監視社会化という現象を、単に中央集権的統制手法として整理するのではなく、合理性と公共性の関係として捉えなおし、納得感のある構造図を提示している。AI等テクノロジーにより精度が増す道具的合理性ベースをエンジンとするアルゴリズム的公共性の拡大を、メタ合理性ベースのシステムで“なんとか”制御するという認識に同意。一方で、“なんとか”制御しないといけない状況を自ら作り出している人類に矛盾を感じざる得ない。
  • 目的自体を批判的に捉え、創出していくことこそが自由であり、生きることそのものと捉える。その過程で生じる葛藤や衝突こそが歴史であり未来と捉える。そして、この過程に取り組む姿勢として新しい実在論を位置づけたい。
  • 一方で、アルゴリズム的公共性への依存は、不確実性・不安定性の高い大国中国の統制手法として必ずしも否定できない現実。権力がこれに自覚的であり、出口戦略を描いていくことに期待したい。
  • 公共性の議論は、古今東西相当の蓄積があり、多様な切り口や掘り下げた論述が期待できる分野。引用文献が近著、一般書に多い点が、骨太感というか多少迫力に欠ける理由かなと感じつつ、今後の著作に期待したい。

 

【もう1冊】