モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】高齢社員の人事管理~戦力化のための仕事・評価・賃金~

書籍情報

【概要】

中高年者のキャリア形成に興味を持ち読了。

著者の今野浩一郎氏(1946-、学習院大学名誉教授)は長年高齢者の雇用管理に関する政策や研究に携わってきた研究者。東工大卒。教育やキャリア分野で気になる研究者には、ときどき工学系出身者を見かける気がする(矢野眞和氏、高橋俊介氏など)。

本著は、高齢社員を戦力化して経営力向上につなげる、あるいは十分に能力発揮してもらうための人事管理の考え方を示す。帯には“雇用すること=稼いでもらうこと”とある。日本型雇用が避けてきた課題に正面から取り組む。

 

【ポイント】

  • 企業も労働者も60歳を超えても働き続ける必要があることは、 “頭ではわかっているが、行動が伴わない”のが現状。
  • 企業が高齢社員の人事管理を考えるにあたっては、次の3つの視点が重要。すなわち、①“ことの重要性”の視点(企業内にどれだけ高齢者がいるのか?→少数なら個別対応でよいが、多数いるなら制度を根本から変更する必要)、②“全体の中の一部”の視点(高齢以外の年齢層の社員や非正規社員の人事管理に与える影響への配慮)、③“戦略と戦術を区分する”視点(例:高齢者向けの所得補償の仕組み(給付金、在職老齢年金等)を考慮し賃金を設定すると賃金の労働の関係を歪めるため、戦略としては賃金と労働を合理設定し、戦術としては高齢社員の生活保障や企業の賃金負担に配慮する)、の3点。①については、高齢化に伴い少数を対象とした福祉型雇用は限界を迎え、高齢社員の戦力化が避けて通れない。
  • 高付加価値化を担う高度な人材は一般的に外部調達が難しく、社内のコア人材を充てる。有能な人材確保の手段として、その対象を広げる“人材調達・活用の社内グローバル化”が必要となり、高齢社員もその対象として位置づけられる。
  • 賃金制度については、中堅層(一人前期)は会社への貢献に照らし賃金は抑制されるが、若年層(訓練期)、中高年層(能力発揮期)は貢献以上の賃金を受ける年功賃金型を示したうえで、今後、仕事ベース型の賃金モデルにおいては、とくに中堅層と中高年層の貢献-賃金ギャップを埋める方向(中堅層は増加、中高年層は減少、かつ中高年層ほど成果ベース)に変化する(キャリア段階が進むほど、“短期決済型”となる)賃金制度を提案する。
  • いわゆる無制約社員と制約社員の賃金相違(リスクプレミアム)の市場相場は、実態ベースで、転勤有無で1割、転勤有無と時間柔軟性で1.5割という調査結果(いずれも基本賃金ベース)であり、高齢社員の職務変更等に伴う賃金制度ではこうした相場を踏まえたリスクプレミアム手当の設定が重要である。
  • 高齢社員の賃金設定では、①このリスクプレミアム手当が参考になる“制約化部分”、②年功賃金型で設計されたいわゆる“後払い部分”、③そもそも職務が変わることによる“仕事変化部分”、をどうするかが具体的な問題となる。
  • 日本は高齢化率では世界一の水準だが、この高齢化率は64歳を上限とした就業人口に基づく算出であり、1960年当時の65歳の平均余命と同じ平均余命をもって“新しい高齢”を定義する議論に基づけば、“高齢年齢”と高齢化率は2030年で2歳(15.9%)、2060年で79.3歳(19.8%)となり(いずれも男性の場合)、日本の強みの長寿化を活かせば高齢化の将来像は変わってくる。
  • 高齢者の人事管理では、①短期決済型(いまの能力を、いま活用し、いまの働きに対していま支払う)、②多様な社員にあわせた多元的人事管理、を基本とする。
  • 企業の高齢社員向け人事施策の実施状況と成果の関係分析結果は、高齢社員は戦力という経営方針を持ち社員に伝えること、役割を明確化し技術・技能、健康を重視して活用すること、意欲・能力を活かす現職を継続すること、などが有効であることを示す。企業では、期待する役割を“知らせる仕組み”と本人の能力・意欲を“知る”仕組みの整備が重要である。
  • “職場の戦力になる”キャリアを実現するためには、社内でどのような人材が求められているかのニーズを知ること、高齢社員に新しい役割に求められる態度、行動、スキルを準備してもらうこと、が大切。後者については、基盤となる能力(プラットフォーム能力)として、①過去の経験にとらわれず新しい役割に前向きに向き合える“気持ち切り替え力”、②新しい役割に合わせて人間関係を構築できる“ヒューマンタッチ力”、③自分の仕事を自分で遂行できる“お一人様仕事遂行力”、が重要。
  • 40歳代で将来を考える“第一定年”を位置付ける“2段階定年制”を提案する。今後は高齢社員自身が自分を売り込むことが必要であり、学生の採用市場と同じ発想や仕組みを社内に作る「マッチングの市場化」が効果的である。

 

【雑感】

  • 高齢社員や企業の現状を踏まえたうえで、あるべき姿と現状制約のバランスが意識された考え方がわかりやすく提示されている。“プラットフォーム能力”や“2段階定年制”に同意。
  • 第二の就職活動と捉え、それに対応する仕組みを社内に整備していくという発想はもっとも。さらには、内部に留めず、高齢層の外部労働市場を形成していくこと、そのために企業だけでなく、政策として推進していくことは言うまでもなく重要である。
  • 60歳前後にその先を考え始めても遅い。ごく一部の企業で50歳頃に将来を考えるライフプラン研修がなされるが、キャリアを考えるというより、マネープランを考える程度の現状において、40歳代で将来を考える“第一定年”をどう実現するか。働き盛りの40代に転職を想起させる施策に企業は関心を持たない。アーリーアダプター層までを巻き込む強力なインセンティブ設計が必要ではないか。
  • 戦略と戦術を区分するというのは重要な視点。福祉型雇用の限界が見えているという意味で、戦略はほぼ定まっており、今後は具体的な戦術を個々の企業の実情にあわせてどう設計していくか。いくつかのパターンは本書で例示された。今後の取組みを注視したい。

 

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