【美】眠り展(東京国立近代美術館:2020/12/26)
【概要・雑感】
- 娘が理科実験している間に訪館。上野や京都などの国立美術館共催企画第三弾。副題は、「アートと生きること ゴヤ、ルーベンスから塩田千春まで」。“「眠り」に関連して生み出された表現は、起きている時とは異なる視点で、私たちの日常の迷いや悩みに対する人を提供してくれるでしょう”とのこと。
- ルーベンス「眠る二人の子供」、クールベ「眠れる裸婦」、ゴヤ「理性の眠りは怪物を生む(ロス・カプリーチョスより)」や、ゴヤやエルンストのスケッチなどの名作。これに国内の近現代アートが多数。眠りがテーマのためか、必然、意識から解放された創造を願ったシュールとのつながりが感じられる。
- 阿部合成の「百姓の昼寝」は、黄土の色と流れ、たくましく生命力ある百姓と眠りという静の対比、母親にもたれかかる子供のあどけなさなど、足をとめた一枚。
- 実験的な作品を見ると思う。自由になろうともがいて絡み取られる蝶の姿を。
- あわせて“MOMATコレクション(特集:「今」とかけて何と解く?)”を拝観。小茂田青樹や速水御舟をみて心和ませる。小林徳太郎の「読書」、大久保作次郎「花苑の戯れ」、小磯良平「練習場の踊子達」が印象に残る。かねてより奥入瀬の風景画に惹かれる自分を発見。いつか行こう、初夏か晩秋に。
【もう1冊】
- 睡眠の科学・改訂新版 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか(櫻井武,2017,講談社)⇨覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見した研究者が眠りを科学で分析。
【美】東山魁夷と四季の日本画(山種美術館:2020/12/25)
【概要・雑感】
- 年末年始は郷土や日本の美を想い起こす時期。ということで、いつも素晴らしい企画の山種美術館。今回は頑張ってチャリで激走。
- “青の画家”と称された戦後の国民的画家、東山魁夷。群青の豊かさ、美しさ、静謐、境界のやさしさ。静音や湿度まで漂ってくる空気感。作品のとなりに魁夷の言葉が添えられる。しみじみあじわえるよい展覧会。
- 目玉は、京都の四季を描いた“京洛四季”。川端康成に「京都はいま描いといていただかないとなくなります。京都のあるうちに描いておいてください」との言葉を受け制作。稜線の優しいぼかしと桜の桃色とのコントラストが美しい「春静」、青緑の深み・広がりを感じさせる「緑潤」、黄と紅の楓が紫の山影に際立つ「秋彩」、積雪の音を吸収する夜気が伝わってくる「年くる」、の4作。”京都の自然は庭園であり、京都の庭園は自然である“とのこと。
- 四季図は日本では有名な題材。四季山水図、四季花鳥図、四季耕作図など。
- 菱田春草、河合玉堂、山口蓬春、安田靫彦、杉山寧、上村松篁などゆかりのある作家を紹介。世に上手な絵は多数あるが、これらの作品となにが違うか考える。美と向き合い続けることで生まれる境地、拓けた境地が導く筆にあるのかな、などと想う。
- 戦後の不幸・不遇の中、各地の自然と風景を詩情豊に顕す。“人間と自然が無常の流れに生きる”同根“の存在だと自覚し、目に映る景色に自己の内省的側面を投影して描くようになり、戦後の風景画家として歩みだした”とのこと。
- 絵に添えられた魁夷の言葉に師の玉堂への感謝が綴られる。師弟の伝承なるものは、スキル時代の教育でどう成し得るか?
【もう1冊】
【映】劇場版「鬼滅の刃」夢幻列車編(TOHOシネマズ日比谷:2020/11/13)
【概要・雑感】
- 天邪鬼につき、ようやく接触。アマゾンでTV放映分をいっきに観て、その流れで映画館に。煉獄さん、サイコー。エンドロールで涙。
- アニメ初見時は、東京喰種と彼岸島に少年ジャンプ色を足した印象か、などと評論家ぶっていたが、いやいや映像凄い。制作会社(ufotable)の実力たるや。3DCGではじめの頃、脳に届ける情報量の圧倒的な違いで、2Dアニメは追いやられるのではないかと予想したが、そうではない新たな境地が映像技術で開拓されていると感じた。劇場版の次作に期待!
【もう1冊】
- BLOOD THE LAST VAMPIRE (北久保弘之,2000,プロダクションI.G)⇨鬼のアニメで間違いなく金字塔。押井イズムのかっこよさ満載。実写化もされました。
- ミッドナイト・ミート・トレイン (北村龍平,2008)⇨列車✕バンパイアつながり。ミートはmeat。シーンは残酷、ラストは衝撃(賛否有)。バンパイア映画、いろいろあるけど、なぜか記憶に残る一作。
- 稲生物怪録 (京極夏彦,2019,KADOKAWA)⇨日本人の妖怪観を語る代表作。平田篤胤の異本が普及版だが、元は広島県三吉の藩士が同僚の稲生武太夫から聞き出した妖怪談をまとめたものらしい。
【美】桃山 天下人の100年(東京国立博物館:2020/11/13)
【概要・雑感】
- 茶の湯に興味をもちはじめたところ、とてもタイムリーでありがたい企画。はじめての国立東京博物館平成館。敷地にはいると、美しく色づくユリノキが迎えてくれた。
- 室町の終焉から江戸までの30年。豪壮、絢爛のイメージのある桃山文化。一方で、利休がひとつの到達を生んだ侘茶の世界。秀吉が北条を滅ぼした1590年は、鉄砲伝来から鎖国まで100年間の中間に位置するとのこと。西洋の文化が流れ込み、下剋上を越え権力が収斂していった、そんな時代の文化。
- 目玉は永徳の唐獅子屏風図。予想以上の迫力、勢いある筆致、大胆な色使い。威厳と威圧を与える舞台装置としての屏風図の効果が実感できる。花鳥図襖、洛中洛外図屏風、松林図屏風、信長像、志野茶碗などなど、国宝、重文がずらり。
- 本館も立ち寄るが、勉強不足でひとつひとつの作品を味わいきれず。各所にあるサイネージの日本文化動画いいね。
【もう1冊】
- 茶の本(岡倉天心,1994,講談社)⇨茶道を通し日本の美の精神を伝えるため英文で執筆。“茶道は、日常生活のむさくるしい諸事実の中にある美を崇拝することを根底とする儀式“とのこと。
- 利休にたずねよ(山本兼一,2018,文春文庫)⇨秀吉に命ぜられ切腹した利休。切腹当日から青年時代まで利休の人生を、緑釉の香合に秘められた謎とともに遡る。直木賞受賞作。映画化されたが、海老蔵さんの配役は作者の強い要望だったとか。
- 別冊太陽 大図解 戦国史(別冊太陽,2013,平凡社)⇨タイトルのとおりの一冊。利休の死にまつわる言説も紹介。別冊太陽いいね。
【本】夏への扉(ロバート・A・ハインライン, 福島正実訳)
【概要・雑感】
- SF小説の御三家は、クラーク、アシモフとハインラインと知り、ハインラインは未読だったので興味を持ち読了。著者(1907-1988)は、アメリカのSF作家。“科学技術の考証を高水準にし、SFというジャンルの文学的質を上げることに貢献。他のSF作家がSF雑誌に作品を載せるなか、ハインラインは1940年代から自分の作品を一般紙に載せ大衆化に貢献”とのこと(wiki)。
- 不遇に見舞われた技術者が、冷凍睡眠(コールドスリープ)とタイムトラベルで過去(1970年)と未来(2001年)を往還し人生を取り戻す。コールドスリープとタイムトラベルをセットに用いるパターンはユニーク。主人公にどんどん共感していく。ラストは爽快。純粋に楽しめる一冊。著者の愛猫家ぶりも満載。なお、本作は海外より日本でとくに評判が高い作品とのこと。
- 1956年の作品。当時からみた2001年の姿は、商用化されたコールドスリープ、ほぼ汎用AI家事ロボットの普及、雨でも濡れない服、料理が冷めない皿、など。
- SFは1940-50年代が黄金時代と呼ばれる。レイチェル・カーソンが“沈黙の春”で科学(化学物質)が地球に害をもたらしうるとしたのが1962年。’40-50年代は(仮に破滅を描く際においても)科学に対する楽観的期待に囲まれた時代空気があり、これがSF人気を支えたのではないか。とすれば、現代の時代空気はなにか?“絆”というやつか。
- 2021年に山崎賢人さん主演で映画化されるらしい。主人公役、あってるかも。
【もう1冊】
- 時間はどこから来て、なぜ流れるのか?(吉田伸夫,2020,講談社)⇨“時間の流れは現実に生起する物理的な出来事なのか?”ニュートン流の時間観を否定し、新たな時間概念を示す。量子論や相対性理論の入門書をてがけてきた著者が時間を物理的に捉えて解説。
- TENET(クリストファー・ノーラン,2020)⇨コールドスリープの映画といえば、スターウォーズ。タイムトラベルといえば、ラン・ローラ・ラン、ドニー・ダーゴ、バタフライ・エフェクトがお薦め。本作は公開初日に拝観したが、ノーランさん、ついていけませんでしたよ。
【本】平成の経済(小峰隆夫)
【概要】
書評で評価が高かったので読了。日本経済新聞出版社企画の平成3部作の一冊(ほかは「平成の政治(御厨貴、芹川洋一編著)」「平成の経営(伊丹敬之著)」。読売・吉野作造賞受賞作。
著者は、元経企庁職員。物価局長、調査局長を歴任。本著は、バブル崩壊からはじまる平成30年間の経済を、官庁エコノミストの目線で俯瞰的に整理。
【ポイント】
以下では、終章中心に教訓と今後について備忘的に抜粋引用(執筆時点が2019年2月であり、コロナ禍以前、安倍政権継続見通しの時期であることに留意)。
- これからの経済政策:
- 執筆を通じ著者が考えた3点:
- 時として生じる前例のない経済的課題を、社会が認識するにはタイムラグが生じ、これが政策発動の遅れをもたらし、問題を深刻化する(バブル対応における経済浮揚策に対し再発を危惧、不良債権問題対策における銀行への公的資金投入の躊躇、物価下落を歓迎しデフレ対策が遅延等)。
- 経済学的な考え方をできるだけ適用すべき。部分均衡ではなく、一般均衡で考えること(因果関係の連鎖を広く、深く考える)、政策目標と政策手段の関係は優先度に基づき設定すること(例:規制緩和は長期的な資源配分の最適化手段であり、景気浮揚策ではない)、実験的な政策が求められる中で、サンクコストに固執しないこと。
- 政策は当然、立案していく分析力と政治的に実行していく力の両輪が必要。
- 幾つかの断片的な感慨:
- バブルの中にあってはそれがバブルだとは分からない(当時はそれが経済の実力という議論が支配的だった)。
- 国際収支(貿易収支)に対する一般の考えは、オーソドックスな経済学が示すものとはかけ離れている(赤字より黒字が望ましい、赤字はGFPの減少分を意味、黒字が多すぎるので内需拡大して減らすべき、はいずれも経済学的には誤り)。
- バブル後には必ずバランスシート調整問題などの大きな弊害が現れる(そのため未然防止が最重要だが、その成果の評価は難しい)。
- 日本では経済がうまくいかなくなると、財政出動型の景気対策で対応する傾向が強い(著者の試算では1990年代以降の景気対策の単純合計は400兆円を上回る)。「経済は政策的にコントロールできる」と過度に思い込みすぎではないか。
- 財政再建、構造改革にとって最大の障害は社会保障改革であることが多い(が、経済の専門家は社会保障合理化が必要と考えるのに対し、大部分の国民は社会保障の充実を求める)。
- 日本は異常に消費税への関心が高く、政権にとって鬼門になることが多い(一方で、社会保険料の引き上げには関心が薄く、気付くとこちらが急上昇している)
- 改革時に国民的関心は大いに高まるが、ひとたび実現すると関心は薄れ、事後的な評価はほとんど行われない。
【雑感】
- 変動に満ちた過去30年間の経済を通史で俯瞰できる良著。読みながら、都度当時のニュースが思い起こされる。背景説明も丁寧で、なるほどそういうことだったか、たしかにそうでしたね、とまさにありがたくおさらいできる一冊。
- 長期・構造改革型へのシフト、その中でも働き方改革と社会保障改革に焦点、なぜか消費税に過敏な国民、息詰まると財政出動、経済は政策でコントロール可能と考えている節、でも気づけば痛みを回避し先送り、といった一連の指摘は納得感あり。
- 一方で、(経済学の理解のない)世論に対する冷めた目線も感じられた。先端の経済学的知見をいかに世論と接続させていくか。経済はこの接続がもっとも重要な政策領域といってもよい。エビデンスベースドポリシーはいかにして可能か。
【もう1冊】
- 「失われた20年」を超えて(福田慎一,2015,NTT出版)⇨こちらもバブル以降の平成の経済をなぞる。マクロ経済・金融の研究者が、抜本的・構造的な対応の先送り、“少なすぎて遅すぎる対応”に着目して分析。
- 非伝統的金融政策-政策当事者としての視点(宮尾龍蔵,2016,有斐閣)⇨日銀審議委員の経験を持つ著者が非伝統的金融政策(政策金利ゼロ%近くまで到達後、さらなる緩和効果を追求する政策)のメカニズムや効果の実証的根拠などを整理。
- コア・テキスト マクロ経済学(第二版)(宮尾龍蔵,2017,新世社)⇨基礎でよいので理論をきちんと理解してニュースを解釈したいですね。初級者にも配慮されている。数あるテキストの中でも良著。
【美】The UKIYO-E 2020(東京都美術館:2020/8/27)
【概要・雑感】
- 国内では大衆画として、欧米には印象派画家以来、影響を与えてきた浮世絵。国内で充実したコレクションを有す、太田記念美術館、日本浮世絵博物館、平木浮世絵財団のコレクションを結集し、約450点を展示(春画はなし)。音声ガイドは杉田智和さん、特別トラックゲストに神田伯山さん。
- 多色刷りの錦絵も美しいが、丹絵(単色の黒摺絵に手彩色したもの)の落ち着いた、限られた色彩の浮世絵もしみじみとよい。一方、黒摺絵、丹絵、紅絵、紅摺絵といった流れをみると、華やかな多色刷りを可能にした錦絵はまさに技術革新。持ち運びができる絵具が屋外での写生を可能にし、印象派を生み出したように、技術と美術は深い関係にある。
- 音声ガイドで知った、浮世絵あれこれ。
- 浮世絵は、絵師、彫師、摺師の分業作業。絵師は有名だが、彫師、摺師にももっと注目があたってもよい気がする。さらに、プロデューサーなる版元の存在は忘れられない。しばしば登場する蔦屋重三郎の人生に学べるものがありそうだ。
- 役者絵や美人画はいまでいうところのポスターとして流行。当時を想像して、ポスター選びの感覚で作品を見てみるのも面白い。