モグラ談

40代のリベラルアーツ

【本】現代の金融入門(池尾和人)

  • ロングセラーの改訂版(2010)。ニュースの背景を捉えたいけど、数式・理論まで学ぶのはちょっと、という人にお薦めの一冊。言葉の定義、解説が明瞭。入門書かくあるべし。
  • 著者は元慶応大学経済学部教授、国の審議会委員歴任、バブル崩壊時に審議会委員として政策提言、その後の金融システム改革に尽力。政策関与の経験を踏まえた記述に納得感。
  • 本書は、金融取引、銀行システム、政策と中央銀行といった、いろはのい、から懇切丁寧に解説。バブル崩壊の経験を踏まえた資産価格、日本の経済成長モデルを背景とした企業統治の固有性、米金融危機を踏まえたデリバティブ証券化の功罪、過去の教訓と技術革新を念頭においた規制監督のあり方、などにも及ぶ。金融システムの専門家の説明は、一語一句、きわめて明瞭。
  • いくつかの備忘。
    • 金融政策とは現金通貨の独占的発行権を有す中央銀行がマクロ経済目標を達成するために行う活動。目標には、水準向上( 失業率低下)、振れの縮小(eg. 低位のインフレ率)がある。
    • ただし、経済活動の潜在的実力には水準があり、これは実物的要因(資源、技術等)で決まり金融政策では変えることはできない。金融政策にできるのは、実力通りの水準からの乖離を小さくすること。よって、“水準”と“振れ”を明確に区別し、金融政策の役割は振れの最小化(物価安定)にあり、水準向上は構造改革等によりなされるべき、というのが基本的な合意。
    • この物価安定は、実質的には、“一定のインフレ率を中長期的に達成することを公約することに等しい”。
    • 従来の教科書では、金融政策とはマネーストック(よって、ハイパワードマネーの供給額)を決める政策、とされたが、正しくは、短期金融市場金利の誘導が操作対象変数であり、マネーストックはその結果として決まる内政変数に過ぎない
    • 名目利子率はマイナスにできないので、実質利子率を均衡状態(自然利子率)にさせるための名目利子率の操作は限界がある。バブル崩壊により自然利子率はマイナスとなったと思われるが、人々の予想インフレ率がゼロ近傍であったため、ゼロ金利(名目利子率ゼロ)としても、実質利子率がマイナスの自然利子率を上回る状況を解消できず、デフレ状況から抜け出せなかった、というのが日本の90年代(この名目利子率操作の限界への挑戦として、非伝統的金融政策がある)
    • 政策金利=α×インフレ率ギャップ+β×需給ギャップ+定数項(α=1.5、β=0.5のテイラー・ルールで、過去の行動をよく説明できる)
    • 近代のマクロ経済モデルは、従来のLM曲線に変えて、①テイラー・ルールのような金融政策ルールを考え、②IS曲線(需給一致条件)、③供給条件を示すフィリップス曲線(インフレ率=γ×(自然失業率-実際の失業率))、の3式から構成される分析枠組みが標準的
    • バブルが発生・崩壊しても資産価格の上昇・下落だけであれば、所得分配の変更はあれど、実体経済に悪影響しない。むしろ悪影響は、(根拠のない)資産価格の上昇が誤ったシグナルを企業や家計に送ることになり、実体経済面での歪みをもたらすこと(過大な実物投資と不良資産化等)。
    • 金融機関の2大機能は、審査・監視機能を通じた“情報生産機能”と資金需給の選好ギャップを埋める“資産変換機能”。後者の本質は、リスク・リターン構造の組替え。後者の役割の増大に伴い、金融業はますますリスク管理ビジネスの色彩を強めていく。デリバティブ証券化はこれを背景としたリスク移転の金融商品
    • 証券化は、金融仲介機能の分業化を促し、これは本質的には効率的な需給マッチや供給効率改善を期待できるもの
    • サブプライムローン問題は、利益を狙い細分化・複雑化されすぎた商品のリスク評価が困難となっていた中、住宅バブル崩壊により依存していた格付け信任が崩壊し、投資家により取り付けに相当する状況が起きたことによる
    • ここでは、多くの金融機関で同様のリスク管理手法をとっているがゆえ、個別金融機関の行動が合成され予期しない甚大なマーケットインパクトが引き起こされた(市場型システミック・リスク
    • 現代の望ましいプルーデンス政策(信用秩序の維持と預金者保護を目的とした政府による銀行規制活動)。①銀行の自己資本充実度と内部統制(リスク管理)体制に関する監視活動、②事後対応としての(裁量を挟まない)早期是正措置

“現在のお金と「将来時点でお金を提供するという約束」を交換するのが、金融取引である”

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